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リハビリテーション科女性医師ネットワーク(RJN)

第5回「この先生に聞きたい!」女性リハ専門医キャリアパス

開催日 2012年1月13日(金)15:00~17:00
場所 鹿児島大学病院霧島リハビリテーションセンター
ゲスト 川平和美 先生(鹿児島大学病院霧島リハビリテーションセンター センター長)
インタビュアー 濱田芙美 先生(藤田保健衛生大学)
上田昌美 先生(近畿大学)
司会 大串幹(熊本大学 RJN担当幹事)
オブザーバー 永田智子 先生(島根県立中央病院)
菊地尚久 先生(横浜市立大学 専門医会幹事長)

大串:本日は、霧島リハセンターに鹿児島大学の川平和美先生をお訪ねしています。まず自己紹介をお願いします。

上田:近畿大学病院の上田です。平成12年に卒業し神経内科に入局して、神経内科専門医を取得しました。その後、リハ医学の重要性を痛感し、改めて勉強したいという強い気持ちでリハ科へ入局して現在研修を積んでいます。

濱田:私は、高知大学出身です。高知大学にはリハ科はないんですが、整形外科の石田健司先生のリハ医学の講義が2コマあって、面白いなあと思って、5年生と6年生の時に藤田保健衛生大学で開かれたリハ医学会の夏期セミナーに参加してそのまま藤田保健衛生大学で研修して、リハ科に入局しました。

大串:それでは、上田先生より川平先生へお尋ねしたいことがあるそうですね。

上田:はい。リハビリテーション科医として仕事をする上で、女性医師であるということでのデメリットやメリットがあるのかどうか、先生のお考えを教えていただけないでしょうか。

川平:僕は、基本的に女性はリハ科医に向いていると考えています。なぜかというと、女性の脳は「優しい」そして「しゃべることが好き」だからです。女性の脳はもともと育児をすることに一番適したようにつくられています。これらはリハ科医に不可欠のものです。「話すこと」が楽しい男性はそう多くないと思います。とくに寡黙な僕は。

一同:(笑)。

川平:私見ですが、会話を楽しむこと、これは育児のときに一番大事なことです。それは人間関係の中でも同じで、患者さんや同僚としゃべってくれ、加えて、優しい女性はありがたい存在です。デメリットとして、女性は結婚や出産、育児などで仕事の中断や制約を受けることが挙げられますが、子育ての中でたくさんのことを学びますし、その期間をこれからの生き方に有効に生かす努力をするので、本質的なデメリットにはならないと思います。逆に復職された際には、リハ科医として更に成長した形で小児や運動発達などに関心を広げて行けます。仕事を中断するからデメリットがあるとは、僕はまったく思っていません。

上田:こちらの医局にも、たくさん女性医師がいらっしゃるので、居心地がいいのではと思っていますが(笑)。

川平:女性医師はやさしく、優秀で、きちっと仕事をしてくれますから、居心地は良いですね。

リハビリテーション医学はフロンティア

濱田:リハ科は第一に「活動という視点」から物事を見るという特徴があって、外の診療科では行われていないので、リハ科は患者さんのためにできることがたくさんあるのではないかなと思っています。

川平:おおざっぱな言い方ですが、他の科の研究は、遺伝子レベルの究極的なところに行き着いていますね。リハ科では、まだまだ遺伝子レベルの研究は少ないかもしれませんが、診断と治療での知識や経験を積み重ねて、開発すべき技術はたくさん残っています。言い換えると「リハビリテーション領域はフロンティアで、やり残していることがいっぱいある」と。そして僕らが本気になることでたくさんの人が救われる楽しい領域だと思っています。だって、遺伝子を調べて何か新しい知見が得られても、治療に直結することは少ない。しかし、僕らは新しい知見を得て、新しい治療法を工夫する、それによって何千人、何万人という人の改善につながります。だから、僕は、ほかの科に比べて僕らのリハ科の研究の影響が少ないとは考えていません。特に、今後の超高齢社会の中で、医療の発展はリハ科の発展なしにはありません。そうじゃなければ、国民がすごく損害を被るわけですよ。

また、リハ科医は患者さんの入院中の診断・治療だけでなく、家に帰ってから、社会に帰ってから、生じる問題を自分の責任の範囲として捉えています。職場に関しては、男性でも結構分かりますが、家庭に帰った際のいろんな問題は、やっぱり女性でないと伺い知ることができない。もちろん男性も家事・育児は担わなければならないので、男性と女性の役割という分け方は問題があります。しかし、男性と女性の脳ではちょっと視点あるいは感性が違います。女性の視点は、患者にとってすごく有り難い。医療者側から、家ではこうじゃないですかとちゃんと尋ねてくれて、適切な治療をきちんと提示してくれる。女性の感性は大事です。

大串:リハ科は、非常に面白いたくさんの研究分野が残されていて、女性の感性が活かされているといえますね。

川平:女性医師がいると視野が広がりますね。僕ら男性が忘れていることを臨床現場で気づかせてくれます。

リハビリテーションの動機づけへ一役

大串:リハビリテーションでは、いかに患者さんにリハ意欲を持っていただくかが大切な要素だと思うのですが?

上田:そうですね、私は、できるだけ笑顔でお話しすることで、患者さんにとっても安心感や信頼感を持っていただけるようにしています。患者さんにとって、病院というのは閉塞感があって・・不安な方も多いと思います。そういうとき、患者さんに「・・・のためにリハをしていきましょう」という話をすると、前向きに喜ばれることが多いので。

濱田:私は、以前から話下手で取りあえず笑顔でお話しています。そのうちに患者さんとコミュニケーションが取れてきて、自分が自然に笑顔になって、患者さんから「先生が笑顔で話ししてくださるから、もうちょっと頑張ろうかなと思っちゃいます」とか言われると嬉しいです。相乗効果で、仕事も楽しくなります。

川平:すごく大切なことですね。先生たち自然に笑えるんです。僕ら男性は笑顔を作ることで一生懸命(笑)。つまり、僕ら男性は患者さんと話さなきゃいけないと思うから一生懸命話し、笑顔も見せます。しかし、女性は、本能的な部分でそれが楽しい、それができることがやっぱり素晴らしいことですよ。

リハビリテーション科への進み方

大串:リハ科医が活躍することが強く求められており、それは社会にとって未来につながる夢があるのだということを多くの人に伝えていくためには、それに応えられる努力も求められていると思います。

川平:そうです。

大串:期待に応えられる専門医をつくっていかなければいけないと思いますが、それにはどのような進路がよいかは大きな課題ですよね。

上田:私はリハ医学の授業を担当したり、ローテートの研修医の先生の指導をしていますが、その時に「リハ科医を目指しているんだけども、まずは整形外科であるとか、脳外科であるとかで、専門医レベルの研修を積んでからリハ科に進んだほうがいいのか、つまり私の専門は脳外科の領域が専門ですというようなリハ科医になるべきなのか、それとも、リハ科に初めから入局して、リハ科医学を究めるというかたちのほうがいいのか、具体的にはどこに入局したらいいのか」というようなことを聞かれます。川平先生はどのようにお考えでしょうか。

川平:それについては、一つの正答はなく、置かれた状況によって変わらざるを得ないと思います。現在の研修制度が敷かれる前ですが、鹿大リハ科では入局後の2年間のうち半年は手元で基本的な研修、後の1年半が急性期を扱う脳外科(血腫除去術など)や整形外科(骨折への手術など)、循環器内科(心筋梗塞など)に3~4カ月ずつ研修に出していました。

現在の研修制度の状況では、リハをやりたいと思うことが一番重要だと思うので、まずはリハ科に入ることを勧めます。リハ科に興味があっても、リハ科以外の科に入って、専門医を取って、例えば整形外科医が整形外科の専門医を取る。そしてそこからリハ科に変わることができるかというと、なかなか変われません。当初はリハ科に行きたいと思っていても、人生の中で価値観というのは変わっていく、自分の覚えた手術のスキルを生かしたいという気持ちに変わっていくわけですね。もちろん、いろんな体験を経る中で、リハ科を再度目指すこともありましょうが、それを待っていたのでは、今のリハ科医不足の逼迫した状況に間に合わない。だから、まずはリハ科に入っていただきたい。具体的な順番としては、全身管理を学ぶという意味で、主治医として回復期リハ病棟で、高血圧とか、糖尿病などの生活習慣病の管理はもちろん急変もありますから、救急対応を含めてリハ科医に必要な全身管理ができるという基礎があったほうが良いと考えています。リハ科医を目指そうとしている若い先生は是非ダイレクトにリハ科に入ってもらって、まずは全身管理とリハ医療を勉強されて、そしてあるレベルになったらコンサルテーション主体のリハ科医もいいと思います。両方を経験すべきだと思いますね。

上田:神経内科の知識は役に立っているんですね。

川平:そう、神経内科に進まれたことで、難病の診断方法とか、自然経過についての知識は役立っているんです。だから、回り道したなとか、あるいは遠回りしたなということは絶対ないのです。リハ科の面白いところは、循環器専門科医がリハ科医となれば、もう循環器のリハが強くなりますし、整形外科の先生の場合は整形領域がずっとよくなります。でも今はリハ科医が徹底して足らない状況ですから、できるだけ早く増やしていかないと、リハ科医の都合ではなくて、国民がすごい損害を被ってしまうんです。そこを国民全体に分かってもらわないといけませんね。

濱田:私も初期研修のカリキュラムでいろいろな科を回っていると、その科がすごく楽しくなってきてしまって、リハ科に入ろうと思って入ったはずなのに、心が揺れたりもしました。結局、初志貫徹で行こうと思ってリハ科に入ったんですけれども。私の性格上、「取りあえず、思い立ったが吉日」の感じがあったので(笑)。

リハ科はオールラウンダー

川平:いや、リハ科医というのは、もともとオールラウンダーなんです。だって全身管理ができないといけません。そういう意味では、全て勉強せざるを得ないんですよね。リハ科医になって、主治医で自分が患者を持ったら、全てを勉強しますからね。一人のドクターが、何人の人生に影響を与えるかと考えたら、やっぱりリハ科しかないねと私はいつも言うんです。地域に一人のリハ科医がいることは、ほかの科と比較にならないくらい多くの人を救います。 もうリハ科しかありませんよ。少し断定的かもしれないけど僕はそう思います。

大串:リハ科選択の希望があっても、卒前教育だけでなく初期研修でリハ科のカリキュラムが不足している状況ですので、リハ科医の役目や本質を見る十分な機会がないまま進路を決めなければならないことは、不安ですね。現在の日本の医療の現状から、まずはリハ科を選んでいただくのが強く求められている状況であることを強調して、その後に、リハ科専門医を目指すには、カリキュラムとしてはどういうところを選択したらいいという問題がありますね。

上田:そうですね。リハ科医として、専門医として独り立ちするためには、少なくともこういうことは知っておかないといけないとか、こういうことは研修しておかないといけないというようなことはありますか。

川平:難しいんですが、全ての障害に対応しなければならないので基準はないんです。しかし現実の問題としては、リハ科医がどのような患者さんをたくさん診ているかということに依存する、“疾病頻度依存的”にやって行かざるを得ない。基本的に脳卒中や脊髄損傷などの中枢神経、運動器を中心にして、あと循環器、呼吸器ですね。ただ、小児は数が少なくても先が長いですよね。その人たちの人生をどうするかに関わってきますから、小児は非常に大事で、一生懸命やらないといけないなと思っています。ですから、これはもう一定の順番を付けようがない、その置かれた環境の中で今できることを徹底してやって、次の領域に進む。足りなければ勉強する機会を作る。

上田:そうですね。小児やまれな疾患を扱う機会というのは少ないので、そういう患者さんがいきなり、ぽんと目の前に来られて、対応しなきゃいけないというときにどうしたらいいのかと考えたりもして。たぶん、ちゃんとした対応ができるのが専門医だと思うので。

川平:それは障害児施設に短期間でも行って、全身管理からきちっと勉強するということしかないですよね。一般的な知識という意味では、研修会とか、そういうのに参加されれば最低限の知識は得られると思います。しかし、一人の患者さんを、本当に責任を持って診るという意味では、その知識のレベルでは間に合わない。実際に全身管理を行い、発達や長期的予後についても考える機会がないと習得できないと感じます。

大学の役割は

大串:どういう専門医を目指すかで、習得するカリキュラムは変わってくるような気がします。どちらの先生も現在大学病院で、専門医としていろいろな症例を診ておられることは、とてもいい経験なんじゃないかなと思います。

上田:はい、医師として一生に一回診るか診ないかというような稀な症例にどのようなリハビリをしていくか、どういう対応をしていくかという、一つ一つがもう難しいのですが、貴重な経験をしています。NICU(新生児集中治療室)もありますので、恵まれた環境でリハビリを今勉強させてもらっています。

川平:そういう頻度の少ない症例はきちんと症例報告をする、という気持ちでやって欲しいと思います。勉強というのは浅く広くという部分もありますが、経験として残すためには徹底して深く掘り下げた勉強をしないといけない。先生が一生懸命に診て、学会発表しただけでは、誰も先生の経験は受け継げません。しかし論文であれば、10年、100年たっても、みんなの財産になります。単なる実績づくりという考えではなく、みんなの財産を作る、みんなにいい情報を提供しているという考え方が大切です。

濱田:専門医試験に合格するためにも、大学でいろいろ学べますね(笑)。

リハ科医の仕事を伝えたい

濱田:私は、リハ科医の仕事をもっと、みんなに知ってもらいたいと思っています。大学の同級生に「リハ科医って何やってるの?」って言われたのが最初ですが、両親からも「あなた医者だけど、何やってるの?」って言われました。まだまだ世間一般にはリハ科医の仕事の内容が十分に浸透していない状態じゃないかと思います。もっと世間一般に、更に医学会全体に重要性を知ってもらうためには、何をしたらいいのでしょうか。

川平:学会は組織としてのアピールの努力を更にしなければなりませんが、一人一人のリハ科医もやるべきことがあると思います。まずは、他科の医師にリハ科医、あるいはPT・OT含めてリハ医療が科学的かつ合理的で、本当に効果を上げていることを実感させる。つまり、科学的で効果的な良いリハ治療を見せるということですね。また、整形外科や脳外科などいつも協力して診療を行っている科で、治療に困っている症例がありますよね。手術の効果が出なかったり、麻痺が出たりという。それらの症例をリハ科に依頼すると、最善の治療をしてくれる。もし障害が残っても、本人や家族が満足してくれる医療を本当に精いっぱいやってくれる科だという信頼関係をまず作ることでしょうね。さらに、患者さんと家族には、リハ科医が治療を処方し、PT、OTへの助言や指導を行っていることを見せる機会を作ることです。家族が見舞いに来て、訓練室をのぞいて訓練中のPTやOTがしていることをみますね。そこには全身管理、リスク管理しているリハ科医の仕事は見えませから、PTやOTに治療してもらったという意識が患者さんにも家族にも生じます。

濱田:ほかの内科や外科の先生だと、お薬を出しましょうとか手術をしましょうとか、わかりやすいのですが。

川平:そうですね。けれど、内科医を例に挙げると、治療薬を処方するのは医師ですが、薬を出すのは薬剤師で注射は看護師がしています。しかし、患者さんや家族は、ちゃんと内科医が自分の治療をしてくれたというふうに感じています。それと同じで、リハ科医は患者・家族と話すときに、単に「リハを始めます」ではなく、「何と何のリハが必要で、PTには歩行訓練、OTには家事訓練を行なうように指示しましたから」と、具体的な話し方をするのも一つかもしれません。一番いいのは、とにかくリハ科医が訓練室に出て、助言や指示しながら治療しているのを見せる。これで患者さん自身も家族も分かってくれます。リハ科医はどこも忙しいですから難しいことを承知していますが、僕はいつも教室員に言っていますよ。「暇があったら訓練室行け」ってね。

一同:(笑)。

川平:本当ですよ。だから、うちの患者さんは、みんなよく知ってますよ。やはり、リハ科医の判断で治療を進めていることを周りにアピールする工夫が必要ですね。

濱田:もっとリハ科のイメージが、明確にみんなに分かってもらえるといいなと思うんですけど。

川平:そうですね。だけど、10年前と現在と比べると、まったく認識が違いますよね。すごく理解は進んでいます。今の医療の中で、どの診療科が足らないとか話題になりますね。特に医療計画で、リハ科医不足が取り上げられる。リハ科医って何をしているんだ?、何でリハ科医がそんなに必要なんだ?、PTやOTはたくさんいるじゃないかと。リハ科医の重要性を皆さんに分かってもらえるような仕事をすることで、10年後にはぐっと変わると思います。

濱田:今も長いスパンで認識としては変わってきていて、また今後、一気にとは行かないまでも、少しずつ広がってきている感じですので、今後に期待します。

一同:(笑)。

川平:ただ、爆発的に進めるには、マスコミにリハ科医がいかに素晴らしいかというドラマをつくってもらわないといけませんね。だってリハ科医の知識、技術、すごいですよ。もっと自信を持って、みんなに伝えないといけないですね。

時間を活かす意識

大串:川平先生は勿論、他の先生方もとてもお忙しいと思いますが、仕事とそれ以外の時間配分をどのようにされているのでしょうか。

川平:僕はもともと計画性がないんです。その時に出来ることをやるということです。今日は天気がよくて、夕日がきれいそうだから、暗くなってからでいい仕事は置いといて5時半には山に行くというやり方ですね。仕事の重要度からいうと、優先度が高くても夜11時からで構わない仕事もあるわけです。ところが、最近は山に行こうと誘っても、若い職員は仕事があるからって腰が重い。僕に言わせりゃ、山から帰ってからすればいいじゃないのと思う。その都度、自分で一番大事だと思うことを先にやって、後でもできることは後回しにするほうが実は利口で、結局あんまり苦労しないで仕事もできると思う。いや、みんなは、すごく真面目です。

濱田:どうしても、これをやりたいと思って、天気がいいから外に行きたいと思っても、今後の仕事量を考えると、遊んだ後のことを考えてしまうので動けないというか。

川平:1時間でも30分でもずらせばいいわけで。

濱田:30分でも。

川平:うん。30分ちょっと気分転換かねて、好きなとこに行って、帰ってきてから仕事すればいいというのが、僕のやり方ですが。

大串:先生方はできそうですか(笑)。

濱田:ふふふ(笑)。たぶん、30分じゃ収まらないので。

川平:いや、もちろん1時間でも、2時間でも。仕事は際限なくあるんですよね。だから仕事を済ませてから何かしようというと、何もできないですよね。以前、仕事が終わってから山によく行ってました。初夏は黄イチゴ採り、夏は近くの滝からのミニ沢登り、今ごろは、マムシもハチもいませんから、アケビ採りとか、みんなに声を掛けていました。

大串:職場の環境が良いので、楽しんだほうがいいですね。

川平:仕事が終わってから、霧島山の大浪池(おおなみのいけ)へ登山とか、雪が降ったら韓国岳(からくにだけ)の中腹まで登って雪景色や樹氷を楽しむとか、他所では普通できませんよ。ここにいる僕らの特権ですけど、みんな真面目で、仕事が忙しいというから、最近はできないんです。

時間の使い方という点では、学問においてもリハ科医としての幅を広げるという点でも、我々は大学院での基礎医学も大切にしています。基礎医学は悪い言い方をすると、暇があるんです。20年程前になりますが、僕が行った霊長類研究所では、脳の記録を取る台は幾つもあるんですが、みんなでシェアするので、私が使えるのは2時間だけです。与えられた時間で、サルの訓練やデータ取りをしますけど、他の時間は実験の準備やサルケージ室の掃除(当番制、ヒヒがケージから手を伸ばしてつかもうとするので神経を使う)などありますが、自由な時間があります。だから論文がいっぱい読めたんですね。とにかく一つのことについて徹底して論文を読んで、関連した研究の最先端のところ、過去に何をやってきたかということをきちっと学ぶ、これが一番大事だろうと思いますね。そういう期間が1年でもいいし半年でもいいから持てれば、すごくいい土台ができるという気がします。

震災でリハ医ができること

濱田:私たちは、東日本大震災を経験しましたが、川平先生は何かご活動をされたのか、また、こういう事件や災害に関して、リハ科はどのように動けばよいのかなどをお伺いしたいのですが。

川平:震災では、リハ医学会(前 里宇明元理事長)が迅速に動かれました。リハ医の出番は早い段階では少なかったと思います。早期にリハが必要な人に対応するため関連5団体、多職種が一緒になって連絡網を作り、できるだけのことはやったと思います。けれども、問題はやはり日時がたった後の廃用症候群でした。実はこの予防が一番大事です。これには地域にある程度、医療・福祉の連携の基盤とそこに人を張り付けて維持するだけの相当のパワーが必要で、ただ避難所や仮設住宅を転々と回るやり方では維持できないわけです。それができない以上、今回の対応はやむを得ないかなと思います。私が関与した九州地方会の活動は、被災地からのリハ希望者に対応できるように、九州の受け入れリハ病院のリストならびに紹介マニュアルの作成でした。しかし、その情報網を生かす機会はあまりありませんでした。

大串:なぜでしょうか。

川平:被災地の実情を聞くと、当然ながら、患者さんは知り合いもいない九州まで行きたくないわけです。現時点での感想ですが、やはり、近隣でできるところまで頑張って、そこに応援の人材を入れて支えるというやり方でないと、難しいという気がします。現場では、東北大の先生方などがすごく苦労しておられました。それを支える活動を、僕らがもう少し早い段階でできればよかったとは思いますが。これまで用意していなかったので、何をしていいのか気付かないのですよね。震災者への義援金募集にはすぐに寄付しましたが、配分先が決まらなくて、なかなか使われなかったのです。しかし、リハ学会は独自に義援金を集めて、リハ関連のところを少し支援できましたから、よかったと思いますね。

大串:今後も同じような災害が起きる可能性はありますね。その時、リハとして何ができるのでしょう。

川平:結局、他の地域のリハ科医が災害地へ行って頑張ろうと思っても、そこの行政がやろうとしていることを、邪魔してしまうとうまくいきません。その視点から考えると、日頃から地域の人の輪、特にリハと福祉に関係したネットワークにリハ科医がいて、リハ科医が司令塔的に、あるいは医学管理上、本当に必要な情報を提供できているというような基盤がないと難しい。ぱっと飛び込んで行くと、こちらは善意で言っていることが、今まで活動しているPT・OT含めて、福祉関係の人にとっては、自分の努力不足を指摘されたように感じてしまい、いきなり知らない人が来て、なんかえらそうなことを言うとかの反発が生ずるなど、いろいろな問題が起こるのですね。日頃からの人間関係とか、そういうものが大切ですね。

女性医師だけでなくすべての医師が働きやすい環境づくりの必要性

大串:先生の教室には女性医師がたくさん入っておられます。何か働きかけがあったのでしょうか?

川平:特別な働き掛けはありません。女性医師への対応について、鹿児島大学の各診療科にそういうアンケートを出したことがあります。女性医師への特別な対応として、就業時間を厳守して早く帰宅させる、当直免除などがありました。それらを行なったところ、その分をカバーする男性医師が疲弊してしまったという報告がありました。バランスの問題はありますが、基本的には男性だって家庭を持っているわけで、ある程度、折り合いをつけ上で「どうぞ」と言う、ちょっと事前調整が必要ですね。基本的には、女性医師の数はどんどん増えていくわけですから、その人たちにいかに長く働いて貰えるという見方をすれば、結婚することやあるいは出産することで医師を辞めるということを、とにかく避けないといけませんね。復職してもらえる環境をつくるのは、リハ科に限らず、どの科も最優先でやるべきことです。リハ科は特に患者さんの急変とか少ないので、仕事の融通をつけやすい科です。ですから、この点では一番先頭切ってといいましょうか、一番工夫して、とにかく女医さんが働きやすい科といえるものをつくりあげないといけない。

大串:どのような環境であれば女性リハ科医が働きやすいと思われますか。

川平:やはり、女性が育児や家事で、決まった時間に帰ることを当たり前にしないといけませんね。20年程前になりますが、アメリカではそれが当たり前でした。僕はNIHの動物実験用の研究所に留学していましたけども、そこはフレックス制で、全員、バラバラに出勤して、同様にいなくなります。5時になって見回すともう誰もいない、そういうやり方でもいけるんですよね。だから、5時が来たら何があっても帰ります。あとは当直がちゃんと引き継いでくれるという、そこの切り替えのシステムがきちんとできれば、ずいぶん違うと思います。

ただまだ日本の場合は主治医がより患者・家族と強い信頼関係を持っているから、何かあったら主治医じゃないと困るという意識が強いのですが、今後はそこを時間優先で切り替えていくことだろうと思います。昔から僕は、若い女医さんには、実験途中でももうデートだったら帰っていいけど、そうでなかったら、ちゃんと最後まで手伝ってねと言っていました。

濱田:高知大では、私の学年だけじゃなくて、女性がほとんど半分を占めていて、卒業するときに学長が、女性に向かって、子どもを産んでも、その後どんなかたちでもいいから、生涯、医師として働いて欲しい。できるだけ、そういう復帰できるようなかたちをこれから頑張って整えていくから、という話を切々とされました。

川平:個人的な努力じゃなくて、制度としてきちんと保証しないといけないですね。日本は、とにかく医療・福祉に関係した業務上の困難を従事者の誠意や義務感で解決しようとする部分が多すぎます。制度上もっと金をかけるべきところを、医療従事者が犠牲をはらって、安い給料で、長時間働く、それが当たり前になっている。そうじゃなくて、それは相応の給与があって、時間もきっちり守られることを当たり前にすれば、今の問題もほとんど解決ですよ。

上田:私も当然のごとく、研修時代は精神論をたたき込まれて、患者さんに何かあったら、主治医だったら、いつ何時も駆けつけて、土曜日・日曜日も変化がないのを確認しに見に行くのが当然だというので、正直、私自身もそういうふうに思い込んでいるところがあって。それでは、子どもができたらワークライフバランスが取れなくなってしまうのではと不安な部分がありました。やっぱり社会制度として、安心できるシステムが欲しいと思います。医局によっては、女医さんに子どもが産まれたら特別枠みたいなかたちで用意していますっていうところもありますが、用意はされていても周りの視線が冷たいというか、利用しにくい部分があって、結局、利用できない。もちろん男性医師も、育児している期間とか親御さんを介護している場合とか、育児している女性医師に限らない誰もが使えるシステムにしていかないといけないのかなと思いますけれども。

川平:そうですね。たぶん、旧国立大学の中で、男性OTが育児休暇を取ったのは、鹿児島大学が初めてだろうと思いますが、僕は申請の相談を受けた時に直ぐ了承しました。みんなに、それは当然の権利だという認識を持ってもらわないといけないですね。

お互いさまだと思えば、ストレスはないのですけどね。

大串:リハ科から、みんなが働きやすい環境を発信していくことができますか。

川平:女性であろうと男性であろうと、組織にいてくれることが最優先であり、有り難いわけです。産休などあっても、そこにいて働いてくれていることは、組織としてすごい大きなメリットですからね。そこで生じるデメリットのことをごちゃごちゃ言うのは、本当は間違いなんです。これはもうデメリットは帳消しで、ずいぶんおつりが出ていますよ。

リハ医になったきっかけ

大串:先生のリハ医になられたきっかけは?。

川平:初期研修は血液内科からでしたが、昔の研修医は病棟に寝泊まりするのが当たり前という時代です。白血病の患者さんの主治医になって、感染症の治療とか、全身管理の勉強をするわけですが、合併症などで亡くなることが多かった。僕が受け持った白血病の患者さんが、無事に寛解に入って、すごく感謝してくれました。ああ、内科は面白いなと思いました。最終的には循環器内科を選びました。当時、高血圧の病因がまだよく分かってない時代でした。霧島リハセンターの前身である霧島分院で、田中信行先生(後に教授)と新たな薬理学的自律神経試験法を開発し、それを用いて高血圧症の病因の検討を行って学位論文を書きたいと考えていました。ちょうどその時にリハ部の助手できたのですが、僕が2年間働きますと言ったので、卒業3年目の僕が助手になりました。その結果、リハ部は医師(助手)1名、OT1人、マッサージ師2人の4人で、50床のリハ治療を受け持つことになりました。ところが、僕が助手になった途端、OTが産休、マッサージ師1人が辞職し、2人で50床のリハをせざるをえなくなりました。とにかく前の晩PT、OTの本で学んだ手技を翌日は実施する形の「泥縄」でしたが、必死に頑張りましたから、3~4カ月後には自信を持って出来るようになりました。そうすると、結構面白いですね。当時、紹介されていたいろいろな神経筋促通法も試みました。

学位論文は高血圧でしたけど、脳卒中リハは長年取り組んでいましたが、なかなか思い通りの成果が挙がらず壁を感じた時に、田中信行教授から京都大学霊長類研究所の久保田競教授の下で、脳の基本的な情報処理の勉強をしてみないかと留学の機会を与えられました。脳科学のサルの実験の経験や脳の可塑性の勉強の中で何とかなりそうだと感じました。それで、情報処理系としての神経路を見直し、片麻痺や高次脳機能障害へのリハ開発を徹底して本気でやろうと決意しました。

僕は高校と大学でラグビーをやっていましたから、本当に単純なんです。上から「やれ」って言われれば、「はい」でやります(笑)。

今なら、50床のリハを2人でやれと言われたらね、辞めますね(笑)。でも何でも本気でやれば面白い、楽しい、もっと深く勉強したいとなります。リハ科医になって貰うには、やっぱりリハ科で勉強して、楽しい、自分の努力があって、この患者がここまでよくなったなど、いい経験をたくさんしてもらうことだと思います。

上田先生が神経内科からリハ科に進もうと思ったのは、たぶん本気でリハをやってよかったなと思う症例があったのではないですか。

上田:そうですね。在宅の診療もしていますが、まったく同じ脳梗塞の部位で、ほとんど同じ年齢の男性でも、良くなる方と寝たきりの方といて、どういうことだろうと不思議に思ったのです。それでリハをやっぱりきちんとされている方と全然通所リハビリも在宅リハもしてない方と、それで全然違うんだとわかりました。もうほんと痛感しました。全然違うと。寝たきりにするのも、歩けるようにするのも、リハ科医のさじ加減というか、もう介入方法によるものだと思った。それが一番ですね。

川平:そうなんですよ。だから、すごい理念があって、どうこうっていうのは、後付けの話なんですよ。リハ科医の存在が患者の人生を変えているとの実感のありなしだと思います。

上田:リハにうまく関われていない患者さんでは、家族もあきらめてしまっている部分が多くて。でも、違うよもっとよくなるんですよって伝えたい。

川平:先生も単純なんです。

一同:(笑)。

川平:巡り合わせだったり、いろんなもので変わっていくんですね。多くの医師にいいリハの経験をしてもらうのが、いいリハ科医を増やしていくのに大切ですよ。だから、いいリハを見せないといけない。

濱田:私がリハビリって面白いなって思ったのは、整形のリハビリの授業です。頚髄損傷の患者さんがどうやって家に帰るかのかという講義でしたが、先生がとても面白く分かりやすく動画を使って、こういうリハで、こういう方法で生活をしていくんだよということ教えてくれて。本当に全然動かないのに、生活がきちんとできているというのがすごく面白くて、衝撃を受けて、人間の体って、すごいっていうのがあって、リハに興味を持ったのがきっかけです。

川平:最初のきっかけなんですよね。たくさんの人にね、そういうきっかけを持ってもらえれば、リハ科医は増えていくし、それがないと難しい。

大串:オブザーバーとして参加いただいている横浜市立大学の菊地先生、いかがですか。

菊地:まず一つは専門性としてリハ科医をどうやって売っていくかという話になるのですが、川平先生がたぶん一番のロールモデルだと思っています。川平先生が、テレビに出られて、電話がパンクするほどの問い合わせがあったって聞きましたし、そうやってマスコミにアピールすることはすごく大事なことだと思います。なぜならそれは一般の人だけじゃなくて、当然、医学生とか研修医も見ているわけだから、リハ科ってこういう先進的な治療をやっているのだなって、絶対印象に残るはずです。ここ10年程、TMS(磁気刺激治療)とかCI(CIセラピー)とか多様な先進的なリハ治療が進んできました。だから、今はリハ科医が少なくて、非常に、全国的に困っていますが、近い将来、期待を持てるかなと思っています。もう一つはまれな疾患でもリハ科のいいところは、障害評価というところから介入することができて、疾患を知らなかったとしても、どういう障害か、どういうリハをやったらいいかというところでより早く進めることができる。それは、ほかの科では絶対できないと思うんです。あと、リハ科への進み方という点では、専門医会では新たに専門医になった人の交流会というのをやっています。その時に、もともと神経内科をやっていたとか、もともと心臓外科をやっていたという先生のお話を聞きましたが、ある専門領域での研修を進めた時、専門性もテクニックも十分学んだけれど、自分が医師として診られるところは患者さんの本当にわずかな部分で、自分が何故医師になったかを思い返すと、病を治し元通りの生活に帰してあげることだと思っていたのに、そこまで全人的に治療していないと気づいた。そこで改めてリハ科を見直してみると、そういうことができる一番近い科はリハ科だった。だから、リハ科を選びましたって。すごく教えられた気がしています。今日は、川平先生に貴重なお話を聞かせていただいて、本当によかったです。

川平:本当に、みんな、すごい仕事をしてるんですよ。ところが、第三者の評価があまり高くない、あるいは仕事を分かってもらえないとしょげたり、本当に自分は大丈夫なんだろうかと、ちょっと疑心暗鬼になるときがあるのかもしれませんね。それはまったく間違いで、すごく自信を持っていいですよ。

大串:永田先生いかがでしょうか。

永田:今日は先生のお話を聞いて、とても心に残ったのが、先ほど菊地先生もおっしゃったんですけども、一人の医師が影響を与える患者さんの数というのは、段違いに多い診療科だということをあらためて実感しました。私は10年前に、耳鼻咽喉科からリハに替わって、専門医を取ってしばらく経過しても、なかなか自己価値観が低くって自信が持てなかったんです。ただチーム医療や、システムを整えることを通して、すごく多くの人に支えられ、同時に自分が医療に影響を及ぼせるということで、最近いろんなことが楽しくなってきたという状況です。女性医師は家庭を持つと、家族や家事のコーディネートで折れることもあるのです。しかし、折れることで、つまり子育てや、家庭運営など生活自体でトレーニングを積んでいるので、これがまた仕事にも生きるとも言えるので、ぜひぜひ女性医師にはもっともっとリハ科で活躍していただきたい、女性の脳を生かしたリハ科医がもっと増えて欲しいです。

川平:全く同感です。女性の脳はすごいんです。本日は先生方と色々お話することができて、再び実感しました。

大串:本日は皆様ありがとうございました。