サイト内検索

リハビリテーション科女性医師ネットワーク(RJN)

第6回「この先生に聞きたい!」女性リハ専門医キャリアパス

日時 2012年6月15日(金)15:30~17:00
場所 川崎医科大学
ゲスト 椿原彰夫 先生(川崎医科大学 リハビリテーション医学教室 教授)
インタビュアー 細川賀乃子 先生(秋田県立病院機構 秋田県立リハビリテーション・精神医療センター)
堀江温子 先生(慶応義塾大学 リハビリテーション医学教室)
司会 永田智子 先生(島根県立中央病院)
オブザーバー 大串幹 先生(熊本大学 RJN担当幹事)
菊地尚久 先生(横浜市立大学 専門医会幹事長)

司会:「この先生に聞きたい!女性リハ専門医キャリアパス」、第6回のゲストは川崎医科大学リハビリテーション科(※以下・リハ科)教授の椿原彰夫先生です。椿原先生、本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。司会は私、島根県立中央病院の永田智子が務めさせていただきます。まず、インタビュアーの先生から自己紹介をお願いいたします。

細川:秋田県立リハビリテーション・精神医療センターのリハ科に勤務しております細川賀乃子と申します。15年目になりました。弘前大学の理学療法部とリハビリテーション部を10年ほど経験し、他施設を経て現在の職場に勤務しております。今日はお忙しいところありがとうございます。よろしくお願いします。

堀江:慶應義塾大学リハビリテーション医学教室の堀江と申します。平成20年に鳥取大学卒業後、医師として5年目となります。初期臨床研修の中で離島の高齢者医療に携わる機会があり、そこでリハビリテーションの重要性に気づいたことがリハビリテーション科専門医(※以下・リハ科医)を志すきっかけとなりました。

また、3年目には後期研修医として国立病院機構東埼玉病院で内科とリハ科をローテートするという貴重な経験をしました。現在は大学病院という新たな場所で日々学ばせていただいております。本日は椿原先生の貴重なお話を楽しみにしてまいりました。よろしくお願いします。

司会:では、椿原先生から開会のご挨拶をよろしくお願いします。

椿原:皆さま、お忙しいところ遠くまでお越しいただきありがとうございます。RJNの先生方のご活動には日ごろから感銘を受けております。今日はインタビューということですね。実は、うちの医局員は全員教員となって理学療法士や作業療法士を目指す学生の口頭試問を担当しているのですが、今日は私のほうが試験を受けている気分です。緊張していますが、どうぞよろしくお願いします。

司会:椿原先生から医局についてご紹介ください。何かアピール点はございますか。

椿原:"明るい医局"をモットーにしています。医師自らが明るいと患者さんにいい治療を与えることができますし、自分たちも職業人として暗い職場よりは明るい職場で働きたいですから。

それから"医師としての知識と技術"を絶対的に大切にしています。よく「リハ科医とは何か分からない」と言われますが、要するに、医師がリハ科の医師になるのであり、知識も技術もなく、何もできないリハ科の医師がこれから医療の道を勉強するのではありません。

まずは医師であるということ。それを忘れてしまうと、リハ科医は何をしているのかと聞かれたときに、口数が少なくなってしまうことが多いのではないでしょうか。リハ科には脳卒中、高血圧、糖尿病、肺炎などの患者さんも来られますから、そういった通常の診断、治療がしっかりできるということ。その上で"リハビリテーション・マインド"を持った医師を育てていく。その辺りを非常に大事にしていますね。

司会:それでは、堀江先生、細川先生からご質問をお願いいたします。

リハ科を選択したきっかけ
印象に残るエピソード
大学病院にいなくても、研究はできる
リハ科医同士の連携、PT、OT、STとのチームワークを大切に
地域連携の重要性 ~事業や症例検討会で横のつながりを~
リハ科医としてのレベルアップ ~他施設と連携するために~
リハ科を目指す医師は、他科で学ぶ必要があるのか
医師の3%をリハ科専門医に!
女性リハ科医へのアドバイス


リハ科を選択したきっかけ

堀江:椿原先生がリハ科を選ばれたころは、リハ科医が少なかった時期と伺いました。そんな中、なぜリハ科を選ばれたのですか。きっかけを教えてください。

椿原:難しい質問ですね。今の人の役に立つかどうか分かりませんが…。私がリハ科を選んだ理由は一つではなく、いくつか積み重なっています。

最初は大学2年生の冬ごろ、自分が膝にけがをして手術をし、慶應のリハ科で訓練を受けたんですね。当時は理学療法士を見ても、「この方は誰だろう。訓練をするお医者さんかな」と思っていました。その方が「リハビリテーションの医師もいるよ」という話をされて初めて「この人は医師じゃないのか」と分かりました。これがリハ科を選んだきっかけの一つかもしれませんが、そのときはそれで終わりました。

同じ年の春、宮城まり子主演の初代24時間テレビに参加したんですね。学生でお金がなかったのですが、東京から京都まで夜行電車で行って、24時間寝ずに放送局に詰めた。そのときに、アテトーゼ型脳性麻痺の方もたくさん参加されていた。障害者という言葉もあまり聞かなかった時代ですが、障害を持った人たちの存在を知り、彼らと深夜まで起きて話をするという経験をしました。

このこともきっかけの一つですが、「じゃあリハ科にしよう」とすぐに決めたわけではありません。当時は1、2年生は専門科ではなく教養課程でしたので医学のことはまるで知らなかったし、まだ何科を選んだらいいか考えていませんでした。

恩師の千野直一先生に会ったのは大学5年生のときです。公衆衛生学のレポートのヒントをもらいに行ったのがきっかけなのですが、「何を勉強したいのか下調べをしなかった者は帰ってくれ」と言われました。「ちくしょう」と思いましたね(笑)。それから自分で勉強しました。そのときから先生のおられたリハ科に興味を持ち、講義を聞きに行ったりしました。しかし、先生に誘われた覚えはないのですよ。自分で勝手に押し掛けて行ったのです。

そのころは、リハ科の医師がいませんでした。千野先生の下に何人かいらっしゃったのですが専門医制度はもちろんなかったので、日本中ほとんどリハ科医がいなかったのです。私の父親は耳鼻咽喉科医ですが、「耳鼻科医は多いから、ならなくていい」と言われていて、内科か外科に行こうと思っていました。しかし、自分が内科や外科に行っても目立たないだろう、ではパイオニアになってやろうと。それでリハ科を志願したわけです。ちょっと目立ちたがりだったのかもしれませんね。

このように、いろいろな出来事が積み重なってリハ科に至ったということです。今の人には全然役に立たないかもしれませんね。

司会:先生の学生時代を振り返っていただき、リハ科選択のきっかけをお話しいただきました。では、次のご質問をお願いします。


印象に残るエピソード

細川:実際にリハ科でお仕事を始められて、研究をしてこられた中で印象に残っている出来事をお聞かせください。できれば新しい先生方に興味を持っていただけるような、あたたかいお話をお願いします。

椿原:たくさんありますね。その中から2、3のお話をしようと思います。

リハ科の治療をする中で「どうもおかしい。水頭症ではないか」と気付くことが結構あります。くも膜下出血で比較的早い時期に水頭症になる患者さんは脳外科の先生がすぐにシャントを入れると思いますが、くも膜下出血も含めた脳出血の患者さんや、比較的大きな脳梗塞の患者さんで、リハ科に来られたあとに水頭症と分かるケースです。

私が若いときにも「これは正常圧水頭症に違いない」という症例がありました。自分でくも膜下腔にチューブを入れ、持続的に髄液を抜くと1週間ほどで症状が改善することを確認し、脳外科の先生に診てもらって手術をしてもらいました。当時は動画もなく、映りのよくないビデオで撮って診てもらいましたね。そういう普通ではない経験がたくさんありました。それは結構覚えていることですね。

それから私は個人的に、患者さんからいただいた年賀状には全部お返事を差し上げています。20何年間ずっと年賀状をもらい続けている方も結構おられますが、その中に2歳のとき脳性麻痺の診断を付けて、外来訓練をし、痙性が上がってきて、歩けるようになったが尖足になって…という子どもがいました。

当時はご両親から年賀状が送られてきましたが、ご本人が書けるようになってからももらい続けていました。私がこちらに来てしまったので外来で会うこともなくなったのですが、その子が「会いに来たい」と言ってくれて、6年ぐらい前に会ったのですよ。「大きくなったね!」という感じでした。

歩いているのですが、尖足がすごく強くなっている。昔、フェノールでブロックしたことも1回あったのですが、今は診てくれている先生があまりいないということでした。ボツリヌス毒素製剤がもう少し早く使えたらなとも思いましたけれども…。でも、頭がいい子で「今度大学に行くのだ」と言う。その後「社会人になりました」という年賀状ももらいました。非常にうれしかったですね。


大学病院にいなくても、研究はできる

司会:続きまして、リハ医療の研究や研修体制について、ご質問をお願いします。

堀江:日本ではリハ科の医局のある大学が少ないのが現状です。一般病院でリハ科医として働いておられる方も大勢いらっしゃいますが、一般病院では医局と比べるとリハ研究に力を注ぐのが難しく、研修の場が少ないように感じます。この状況をどう思われますか。

椿原:少ないのでしょうか。私はここに来る前、大学病院の本院にいた経験は1年か2年で、ほとんどが関連病院です。主に筋肉の病理について研究をしていましたが、最初にそれを学びたいと思ったのは国立療養所村山病院、現在の村山医療センターに勤務していたときです。当時はそこで研究する材料もなかったので、紹介を受けて国立神経センターを週1回ぐらい見学させてもらっていました。

堀江:ご自分で積極的にアプローチしていったのですか。

椿原:もちろんいろいろ聞いて、紹介を受けて、千野先生にも許可を得ながらです。だから、決して大学病院でないと研究ができないということはないと思うのですけれども。

堀江:そういう姿勢であれば。

椿原:そうですね。もちろん、一人でリハ科医を目指して勉強し、急に研究をしたいと思っても何をしたらいいか分からないし、難しいでしょう。だから、周りで研究をしている人たちに相談するといいのではないでしょうか。

例えば、専門医会SIG(Special Interest Group)など何かの組織に入る。SIGというとできる人ばかりが集まっている感じがしますが、SIGの先生に「やってみたいのでお願いしたい」と相談したら、多分「こうしたらいいのでは」と教えてくれると思います。上手に利用されたらどうでしょうか。大学病院でなければ研究ができないということは、全くないと思います。


リハ科医同士の連携、PT、OT、STとのチームワークを大切に

堀江:リハ科の医局が少ないことは、つながりやすいというメリットになるかもしれませんね。

椿原:そうですね。医局ではないつながりも大事にしたほうがいいと思います。

司会:今は情報ネットワークの時代になり、専門医会SIGでも掲示板などでタイムリーに情報交換ができるようになりました。先生のころは創成期で、情報がつながらない、本を頼んでもなかなか来ないという時期で大変だったのではないでしょうか。研究時間を捻出するために、どのような工夫をされましたか。

椿原:どちらにせよ研究をするのは夜か日曜です。私は月が瀬(慶應義塾大学月が瀬リハビリテーションセンター)にいたときに一番筋肉の研究をやっていたのですが、「日曜日に研究をしたいのですが」と言うと、検査室の方が「いいですよ。手伝います」と言ってくださって、5~6人集まって一緒に実験をして、昼には一緒に楽しくお弁当を食べたりしました。お弁当を食べたかっただけかもしれませんが(笑)。

一人ではできないことがどうしてもあります。そうやっていろいろな人を集めて、人を巻き込んでいけばできるのではないか。今はどうなのでしょうか。他の職種の人が協力してくれるのかどうか、ちょっと分かりませんけれども。

司会:堀江先生のところではどういう雰囲気ですか。

堀江:他の業種というよりは、PT、OT、STの方と一緒に研究する雰囲気があります。上の先生を含めてディスカッションをしたりしています。

椿原:それは非常に大事なことだと思います。PTやOTの人たちにも研究をしたいと思っている人がいっぱいいます。リハ科医の研究を手伝ってもらうだけではなく、彼らの研究を自分が手伝うことを心掛けるといいと思います。そうすれば知識もたくさん入ってきます。われわれもPTやOTの人と「木曜日の夜に研究会をやろうか」という感じで集まって、「ここはこうしたほうが」などとディスカッションをすることがあります。

堀江:私はまだ3年目なので、逆にPTなどスタッフのほうが経験年数が高く、「こんな症例があるのですが」などとアプローチしてくださり、すごく勉強になります。

椿原:年齢は関係ないと思うんですね。今は周りが自分よりも年下ばかりですが、見下すことは絶対に駄目です。若い人でも知識と経験がある人には「よく分からないから教えてくれる?」と聞いています。聞かれた人もうれしいですし、一所懸命に丁寧に教えてくれますね。

やはり、リハビリテーションはチームですから、スタッフを専門家として重要視することが大切です。それが連携につながるのではないでしょうか。

司会:チームワークの話でひと区切りつきました。では次に、連携についてのご質問をお願いします。


地域連携の重要性 ~事業や症例検討会で横のつながりを~

細川:秋田県では、内科など他科の経験を積んだ上でリハ科医を目指すドクターが多いせいか、同じリハ科になってからも「連携を取りながら県内の医療をまとめ、共に研鑚していく」という形になかなかなりません。互いに興味は持っているのですが、積極的に横のつながりがつくれない。リハ科医全体のレベルアップを図りたいのですが、何かいい方法があるでしょうか。

椿原:確かに、若いときはどうしていいのか分からないことが多かったですね。学会は「自分たちがこういうことをした」という発表の場ですが、そうではなく、地域の会など一つの県、市町村で集まる会はありませんか。

細川:年に1、2回、リハ科医や療法士などかなりの大人数で集まる会はありますが、各職種の発表会に近い形です。

椿原:倉敷市には倉敷臨床リハビリテーション医学懇話会という会があり、リハ科医だけでなく、内科の先生や、リハについて考えておられる病院長の先生などが一緒に話し合いをしています。研修会のように講演もありますが、当市では何が問題かというディスカッションを行う場もあります。

それから、私は県の事業も結構やっています。今はもうなくなってしまったのですが、県単位の地域リハ事業では理学療法士や作業療法士の人がディスカッションをしたり、あちこちの施設に行ったり、持ち回りで講習会、講演会もしましたね。

また、高次脳機能障害の支援普及事業、それから最近は、ロボットの"HAL"の事業も立ち上げています。実際にロボットを使う理学療法士同士の交流や症例検討会、講習会などをおこなっています。私は実際にHALを使わないので分からないですから、勉強させてもらうことも多いです。

このように、何かの事業をつくるとあちこちの先生と話ができます。なので何かこう、立ち上げればどうでしょうか。

細川:何かを始めることからですね。

椿原:そうです。そうしたら集まってくると思います。5年目ぐらいだと自分からやるのはしんどいかもしれませんので、上の先生を「何かやってくださいよ」と引っ張ってくるのがいいのではないかと思いますけれども。

司会:事業などで、人と会う機会をつくる、つながりをつくるということですね。時間をかけてそういったことを根気強くやっていく。では、次のご質問をお願いします。


リハ科医としてのレベルアップ ~他施設と連携するために~

細川:リハ科医として一人前になるために、多数の症例を経験することが必要です。実際、私のところにも研修医を終えたばかりの先生が来られていますし、先のことも考えると、東北の地方会など、県内や県外の他施設との連携をもっと考えなければいけないのかと悩んでいます。

椿原:個人で連携組織をつくるのは多分難しいと思います。誰かが「研修ができる施設間連携を立ち上げました。私が会長です」と言えば、そこにくっついていけるのですが、現実的には難しいですよね。だから、大学の医局が一番手っ取り早く、やりやすいかなと思います。私も古いほうの人間なので、ここ川崎医大の医局に入って来てもらえば研究や研修を経験させてあげられるので入って来てくださいと言ってしまうことが多いです。

現在も1年契約で来ている方がいます。そういうのは大歓迎ですよ。昔の医局は「入局したら辞めてはいけない」という雰囲気でしたが、そんなことを言っていたら全然うまくいかないですから。「どうぞ入って来て、勉強して、出て行ってください」ということをウエルカムにしています。大学はそういうことがしやすいですね。

ただ、自分から動くことが得意な先生もおられますが、普通の方はゼロから動くのは難しい。悩んでいる人は多いかもしれないですね。誰を訪ねていけばいいか分からないという状況かもしれない。「うちは一般病院だけれど、他と連携を取ろう」とリーダーシップを発揮し、引っ張っていく先生が地域にいてくれるといいかもしれませんね。

司会:リハビリテーションは非常に長い期間を診ていく診療科ですが、一つの施設で全部を診ることは難しいと日々感じています。そういう中、地域間連携が実現していくと素晴らしいのではないかと思います。

椿原:大学の医局の人事だと、「A病院からB病院に移り、さらにC病院に移る」と言っても、A病院を辞めさせられたという感じはしないし、その人が仕事を失うことはない。また、必ずA病院、B病院にも誰か人を回しますし、どの病院にも損失はない。本人も動きやすい。それが大学のメリットかもしれないですね。

でも、一般病院に所属している人が「勉強したいので、B病院に行きたい」という話をしたら「じゃあクビだね」という話になるかもしれない。病院長との関係が難しいのではないでしょうか。

実際に、リハビリテーションはいろいろな施設で勉強することが大事です。私も月が瀬にいたときは脳卒中の勉強をし、村山病院にいたときは脊髄損傷の勉強をして、国立塩原温泉病院にいたときはリウマチの勉強をしていました。その病院の特色がありますので、いろいろ回れたほうが有利だとは思います。

一人で勉強をしたい方がうちに相談に来られた場合には、「いいですよ、うちの関連の病院に行ったらどうですか」という紹介はします。しかしですね、その方がうちに来たときや、うちの関連の病院に紹介したときに、元の病院を何とかすることはできないのが現実ですね。医局の関連だったらできますけど、関連ではない病院の先生が個人で相談に来られた場合、その病院に対してうちから何かすることはできないと思います。

だから、五つぐらいの病院がローテーションを組めるようなシステムがあれば一番いい。一つの病院からこっちに行ったら、別の病院から回ってくる。そんなシステムがあればいいのかもしれませんが、つくるのは簡単ではないかもしれないですね。

司会:現実の難しさが浮き彫りになりました。

椿原:今、実際にある先生が一人、研修のためにうちに来ていますが、その先生がおられた病院に代わりの先生をうちから送っているわけではない。ただ、いずれ必ず元の病院に戻ることにはなっているので、そちらの病院にはメリットがあると思います。


リハ科を目指す医師は、他科で学ぶ必要があるのか

堀江:今のお話はリハ科同士でのことだと思いますが、若い研修医には「リハ科には興味があるけれど、もう少し内科を勉強したい」という方がいます。リハ科を目指しているけれど初期研修の2年では足りない。また、内科の認定医を取るにはもう1年必要という状況もあり、3年目ではなかなか決めきれないという人が結構います。川崎医大附属病院の研修医の先生が他科への研修を希望したときはどう対応されていますか。

椿原:私としては、「ご本人がいろいろな技術を身に付けたいならば、時間の許す範囲で認める」という発言をずっとしています。しかし、科を選ぶことについては、学生にも「早く選びなさい」と言っています。それはなぜか。

例えば、卓球の愛ちゃんは2、3歳で卓球の世界に入っている。プロ野球の松井選手も4、5歳で野球のプロになると思っていた。スポーツ選手でも、科学者でも、世界の一流の人たちは早くその道を究めた人のほうが、優秀になれると思うのです。

医学生の場合、最初は診療科を知らないとはいえ、5年生にもなれば分かるでしょう。また、他はどうか分かりませんが、うちの学生は95%が両親のどちらかが医師であり、親の影響もある。学生の間に科を選ぶことができるはずです。早く道を選び、その道で頑張って行くことが優秀な医師になる一番の近道だと私は思っています。

だから、研修医の2年間に決められない、3年目でも何科に行けばいいか分からない、まだ決めかねている、もうちょっと回りたい…。そういう研修医は、困ってしまいますね(笑)。

一同:(笑)。

椿原:「今までずっと内科でやってきたけれど、やっぱりリハ科でやりたい」と変わるのはいい。変わるのはいつでも変われます。でも、「分からない」というのは…。追い求めながら一生を終わってしまうのはどうかと思います。だから、医学生には早く決めなさいと言います。別にリハ科でなくてもいいですが、何をしたいかはっきりしなさいということです。

研修医にも「あなたは何科か」と聞きます。リハ科ではいろいろな疾患がありますから、例えば、糖尿病をしたい研修医には「脳卒中で糖尿病なら血糖値がコントロールできていても、リハ科で運動療法をしたらこんなに変わるんだよ」と教えることができる。でも、「何科に行くか分からないが、いっぱい勉強したいです」と言われると「つまり、何もしたくないのか」と思ってしまう。それはよくないのではないかと常々思っています。

ただ、リハ科に入局希望を表明した医師が「3年目に循環器内科の勉強がしたい」と言った場合、「いいよ。初期研修が終わった後に4カ月ほど回れるよう掛け合ってあげるから」と言いますが、初期研修が終わってリハ科に来てから前に希望した科を実際に回った人は少ないです。「3年目だからそろそろ行く?」と聞いても「もういいです」と言う。

多分、リハ科の医師をしていると他科の知識が増えてくるからですね。当然、肺炎の治療もやるし、心筋梗塞かもしれないと思って心電図を取って循環器のほうに照会することもある。そのあとどうなったかも確認する。そういうことをしているうちに分かってくる。

それでも何かしたいと言われたらウエルカムです。例えば、胃の内視鏡をしたいと言って他科に勉強に行き、内視鏡、胃カメラやPEGができるようになった例もあります。

私の父親は耳鼻科医で、亡くなったときに喉頭ファイバーが出てきました。こんなものは要らないから捨てようかと思っていたのですが、新品だったので取っておいた。そうしたら、嚥下の検査として使えるのではないかと思うようになった。「使えるかな」と思って、うちにいた石井先生にちょっと勉強をしてきなさいと言いました。彼は今、VEの第一人者になっています。

堀江:リハ科は本当に幅広くて、診療の中で勉強していくことがいっぱいあります。

椿原:そうです。エコーも内視鏡も、うちの医局員は全員できますが、はっきり言って何もできないのは私だけです(笑)。若い医局員の先生方には「これがリハにとって必要かも」と思う知識や技術があれば勉強してもらいたい。やってはいけないということはない。この医師はできるが、こっちはできないということもあってもいい。どこまでがリハ科かというのはありませんから。

さっきもちょっと触れましたが、"リハビリテーション・マインド"を持っているのがリハ科の医師であって、医師には違いがないのですから、いろいろな医師がいていいのではないかと思いますね。

司会:目標設定は早めにというお話ではなかったかと思います。最後に女性リハ科医へのアドバイスをいただく前に、リハ科の今後について追加のお話をお願いします。


医師の3%をリハ科専門医に!

椿原:リハ科専門医は少ないですよね。今まで国立大学にリハビリテーションの講座をつくってほしいと言い続けてきましたが、なかなか実現ができそうにないです。

新しい話題としては、日本専門医制評価・認定機構による専門医制度が2017年から始まる予定です。「リハ科が重要だ」ということが伝われば、リハ科医を希望する人が多くなると思います。

マスコミ等でも「需要に対する供給の率が最も低いのは救急や小児科ではなくリハ科である」と報道されていますし、機構にもリハ科の重要性は認識していただきつつあります。地道な努力が大事かなと思っているところです。余談で勝手なことを言いましたが。

司会:将来的な流れのお話をいただきました。リハ科がほぼなかった時代に創成された先生に接するせっかくの機会ですので、追加の質問はございませんか。

堀江:リハ科医が少ないというお話がありましたが、学生や専門医に対するリハ科のアピールポイントは何がありますか。

椿原:いろいろな疾患ができるということですね。これから高齢化社会で3人に1人は高齢者という時代が来ます。リハ科の医師がいなければ、みんな寝たきりになってしまう。腰が痛い人もいれば、麻痺がある人もいる。あるいは心臓が悪い人もいる。リハ科医ならば全部診ることができます。


女性リハ科医へのアドバイス

司会:では最後に、女性リハ科医へのアドバイスをお願いします。

椿原:育休などは当然尊重します。育休後も常勤は難しいという相談は受けますし、いいと思いますが、そのままパート勤務でいいのかなという疑問も感じています。

ただ、女性がリハ科医に向いているのは事実だと思います。私は大学入試の面接もしますが、女性のほうが表情が豊かで圧倒的に印象がいい。研究者には男性のほうが向いているかもしれませんが、医師という立場、特にリハ科医は患者さんに対する印象がいいということ、スタッフに対して温和に話ができるということは大切です。男女問わず、コミュニケーション能力が高い医師はリハ科医に向いているのではないでしょうか。

ただ、「女性だと早く帰れるし、救急がない。9時~5時でいい」などと勘違いしてもらっては困ります。うちの医局員はみんな夜遅くまで残っていますし、自分の患者さんが肺炎になることもあります。当然夜中に呼び出されることもあります。そこは女性も男性も差別はない。リハ科は内科とは違うという意識は持ってほしくないですね。

司会:ありがとうございました。では、本日ゲスト参加いただきました先生方に一言ずついただきたいと思います。

和田:近森リハビリテーション病院の和田恵美子です。今日は、椿原先生がリハ科医になるまでのお話を聞けて新鮮な気持ちになりました。ぜひ中四国のリハ科医をどんどん増やしていただきたいと思います。本日はありがとうございました。

菊地:今日はお忙しいところありがとうございます。大変貴重なお話が聞けて、私も勉強になりました。椿原先生にはこれまでもご指導ご協力いただいておりますが、今後は日本リハビリテーション医学会の副理事長としても専門医会のお仕事をしていただくということになっております。これからもよろしくお願いいたします。

新しい専門医制度をよい契機とし、諸先生方のお知恵をいただきながら、多くのリハ科医ができるシステムづくりをぜひ進めていっていただければと思います。そのためには、なるべく学生のときから「リハはこういうものだ」としっかりお教えいただき、「リハがいいな」という気持ちを持ってもらい、最初の2年の初期研修を終えた3年目の時にはリハ科を選択していただくような人が増えればよいと思います。先生方のお力によりぜひそうなるようにお願いしたいと思います。

大串:今日は参加できて本当によかったと思っております。女性医師の立場から考えますと、やはり皆悩んでいます。リハ科医として頑張るにはどの職場を選べばいいのか。大学がいいのか、一般病院がいいのか。研究をするにせよ、経験をするにせよ、それぞれにメリットやデメリットがありそうだ。何かもやもやした感じがあると思います。

しかし、椿原先生に「どこでも勉強ができる」というアドバイスをいただき、ちょっと視界が開けたのではないでしょうか。連携のつくり方にもいろいろある。堅い会合ではなくて、むしろ飲み会ぐらいから始めてもいいのではないか。楽しんでやっていく中で、同じ悩みを持つ仲間ができるのではないかと思います。

地域リハに関しては、私も大学病院で頑張ってやっておりますが、国の補助金がどんどん減っていき、市町村の地域支援事業の中で何とかやっていかなくてはならないのが現状です。システムをつくっていくとリハ科の価値を見ていただくことができる。リハ科はただ訓練をしているのではないということを他の先生にも分かっていただくことは大事だと思います。

椿原:うちの大学病院では、他科の先生も、リハ科の医師が大事なことはよく知っています。でも、やっぱり自分の科にも来てほしいですから、学生が取り合いになってしまうのは仕方がないですね(笑)。それから、近隣の大きな病院の院長先生は、リハ科の医師の存在が重要であることを実際にはよく知ってくださっていますね。

塚野:島根県立中央病院初期臨床研修医の塚野航介と申します。私の出身大学ではリハ科がありませんでしたので、研修医になって初めてリハ科医の重要性を知りました。多くの研修医は大学でリハビリテーションに触れる機会が全くないというのが現状だと思います。ぜひ啓発活動をしていただければと思います。

一同:(笑)。

司会:皆さんで頑張りましょう。

椿原:医師にしかできないこと、ほかの職種ではしたくてもできないとことがたくさんあります。医師が何もしなかったら「先生は要らない」と言われてしまいますので、PTやOTであるというプライド、医師であるというプライドを持って、できることを上手にやってくことが大事だと思います。

司会:本日、塚野先生が出張扱いにしてもらえたことで、当院でもリハ科の重要性を理解していただいているのではないかと感じた次第です。島根県の出雲部はご存じの木佐俊郎先生が草分けであり、地域の人口密度にしてはリハ専門医が比較的充足しております。私の勤務している病院は現在リハ科医が一人ではありますが、研修会を開催してはどうか等、非常に連携が取りやすい状況で周囲の方々に支えられてやっております。急性期病院の中でもリハ科は大切にしていただいているのではないかと思っています。

本日のような機会を生かし、山陰においても人材育成を含めて基礎をしっかり固めていきたいと思います。声がけをしながら周囲とつながっていくことを心掛けてやっていきたいと思います。

個人的な思いを最後にお話しさせていただきました。これで本日の座談会は終了させていただきます。ありがとうございました。