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リハビリテーション科女性医師ネットワーク(RJN)

第8回「この先生に聞きたい!」女性リハ専門医キャリアパス

日時 2013年7月19日(金) 14:00~17:00
場所 大阪医科大学 第7会議室
ゲスト 佐浦隆一 先生(大阪医科大学総合医学講座リハビリテーション医学教室 教授)
インタビュアー 笹尾ゆう 先生(独立行政法人病院機構東京医療センター)
土井あかね 先生(国立病院機構鳥取医療センター)
司会 中馬孝容(滋賀県立成人病センター)
オブザーバー 大串幹 先生(熊本大学 RJN担当幹事)

中馬:RJNインタビュー企画第8回「この先生に聞きたい!」女性リハ専門医キャリアパス、今回のインタビューのお客様は大阪医科大学総合医学講座リハビリテーション医学教室の教授でいらっしゃいます、佐浦隆一先生です。

佐浦先生、本当に今日はありがとうございます。

佐浦:いえ、どういたしまして。 ようこそ、大阪高槻市にある大阪医大へお越しいただき、ありがとうございます。

また、RJNのインタビューの機会を与えていただきまして、ありがとうございます。多くの医師がリハに興味を持ってもらえるようになれば良いと思います。よろしくお願いいたします。

中馬:ありがとうございます。

それでは、今回のインタビュアーはお二人、若手女医さんということで、笹尾ゆう先生と土井あかね先生にお願いしました。

笹尾:東京医療センターから参りました、笹尾ゆうと申します。専門医を最近取らせていただいております。本日は貴重な機会を与えていただきまして、本当にありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします。

土井:鳥取医療センターから参りました、土井あかねと言います。よろしくお願いいたします。私は専門医を取ったばかりです。出身は鳥取大学で、大学にはリハビリ講座がなくて、私自身は平成21年から3年間、国立障害者リハビリテーションセンターで研修を受けて、それから鳥取に戻り勤務しております。

本日は貴重な機会をいただきまして、先生にいろいろとアドバイスをいただければと思っております。よろしくお願いいたします。

中馬:ありがとうございます。

本日のインタビューは、お二人のインタビュアーの先生からの質問をベースに3部構成とさせてもらいました。

1部は佐浦先生のリハ医療への思い、2部はリハビリテーション科専門医へのアドバイス、3部は女性医師へのアドバイスや期待したいこと等を伺いたいと考えております。

それではまず佐浦先生のリハとの出会いについて伺いたいと思います。

リハとの出会い
リハの勉強って・・・
今でも心がけていること
これから勉強するDrへのアドバイス
周りの人たちへリハのことを伝えるには
女性医師に対して
若い先生へ
最後に


リハとの出会い

佐浦:そうですね、僕は元々整形外科医です。神戸大学出身です。神戸大学には中央診療施設としてのリハビリテーション部がありますが、組織としては整形外科の中に含まれています。卒後すぐの頃は、僕自身もリハビリテーション科の医者の存在であるとか、リハビリテーションに「医師がかかわっている」という意識は全くなく、リハビリテーションとは、リハビリテーション部で「セラピストがやっているものだろう」という意識でした。ですから、元々リハビリテーション科医になろうという意識は全くなかったです。

整形外科に入った理由は、肢体不自由の子供たちの手術をちゃんとしてあげたいと思って、神戸大学の整形外科へ入局したんです。しかし大学では小児リハ、小児整形の臨床はなく、関節リウマチが中心でした。そのため大学院では関節リウマチの病理や病態の研究を行い、大学院卒業後から関節リウマチの臨床を始めました。当時は良い薬がなかったので、整形外科で行っていた関節リウマチの治療というのは、薬を飲んでもどんどん悪くなって、壊れてしまった関節を修理、あるいは入替えること位でした。

大学院卒業後しばらくしてから、理学療法部(当時)に教員(当時は助手)のポストがあるので、そこへ行きなさいと言われて異動しました。理学療法部に移ってからも関節リウマチの治療を行っていましたが、作業療法士から聞いて広島で開催された日本リウマチ学会のリハビリ研究会に参加したのが、リハビリテーションとの出会いかもしれません。卒後10年目位です。

それまでは、関節リウマチの治療でも整形外科医として術後の後療法を処方していただけでした。しかし実際に行って話を聞くと、やっぱり手術だけでは関節リウマチの患者さんを支えきれへんなと思いましたね。そうこうしてリハビリテーションのことを勉強し始めた時に、今度は神戸大学保健学科の助教授の席があるから行かへんかという話になりました。助教授の席に目がくらんで保健学科に行きましたが、そこでは理学療法士と作業療法士を目指す学生に「リハビリテーション医学」の講義をしないといけなくなりました。講義スライドを作るのに本を読んで、初めてリハビリテーション医学というものを勉強しました。その途中で脳血管障害とか脊髄損傷等のリハビリテーションがあるというのを知りました。教科書にはリハビリテーションによって日常生活動作(ADL)がよくなるとか、できるADLの中で環境改善して社会へ戻っていくとか書いてあって、そういうのって当時非常に新鮮でしたね、僕にとっては。

しかも学生に教えるのは、自分がリハビリテーション医学を何年もやってきたベテランみたいな顔をして教えなあかんので、一所懸命勉強しました。そうこうする間にちょうど卒後20年目に、県立のリハビリテーション病院の立ち上げがあるから副院長で行きなさいと言われて単身赴任しました。そこには回復期病棟と障害者病棟がありましたが、本で読んでいた脳卒中や脊髄損傷のリハビリテーションが、実際そこで行われており、脳卒中や脊髄損傷の患者さんをリハビリテーション科医として受け持ち、リハビリテーションをしたら本当によくなるんやなって感動しました。

また大学で診ていた関節リウマチの患者さんが車椅子レベルとなり、他の先生には「歩かれへん」と言われたんですけどとか言って頼ってくるので、「ほんなら、うちにおいで」と言って、車椅子で来た人を杖ついて歩くレベルにして退院させて、退院間際に「主治医にこんだけよくなりました」と自慢しといでとそそのかしたり。

元々リハビリテーション科医になりたくてなったというわけじゃなくて、自分がかかわった患者さんを良くするための方法として、あるいは整形外科から理学療法部、保健学科、県立リハビリテーション病院の環境の中でリハビリテーションというものに触れていって、リハビリテーションはおもしろいと思ってここまで来たというのが、今リハビリテーションを一生懸命やっている理由かもしれません。

土井:最初に先生がおっしゃった小児整形とのかかわりは、その後どうなったのでしょうか。

佐浦:僕が小児整形をしたいなと思ったのは大学ではなくて、学外の臨床実習として肢体不自由児施設でペルテス病の子供たちと出会ったのがきっかけです。ペルテス病の子供たちは免荷と股関節の運動制限が必要で、当時施設では子どもたちはペルテスカーという股関節を外転・内旋位とって扇形の板に座わる移動補助具を使って生活していました。船を漕ぐみたいに棒を使ってペルテスカーを操っていました。しかも10人位が廊下をペルテスカー連ねてぐうっと動いてるわけです。それを見て、この子達を何とかしてやりたいなと思ったのが学生の時でした。

小児整形をしたくて整形外科に入局したけど結局、小児整形はできなくて。当時小児科は新生児が専門で、大学では小児神経や脳性麻痺は診ていませんでした。小児の神経疾患は大学外の専門施設で診療や療育を受けていたので。僕が神戸大学で小児リハに触れることはなかったです。小児科は新生児の次は進行筋ジストロフィーが専門でしたので、進行筋ジストロフィーのリハビリテーションにはかかわりました。今でも進行筋ジストロフィーの子どもたちのお父さんお母さんの会とか、進行筋ジストロフィーの子供の会には、時々ですが行ってます。

そのうち小児科の准教授が同級生だったんですが、神戸市内にある療育センターに整形外科がないので面倒見に行ってくれへんかと言われて。僕はそこへ行ったら小児リハの勉強ができて、将来リハビリテーション科専門医を取るのに役に立つかなと思って行き始めたのが平成15年位です。それから今まで約10年間、はじめは毎週、今は事情があって月1回ですが診療に行きました。そこで初めて障害のある子供たちに触れることができました。卒後10年以上経ってましたけど、やっと小児リハビリテーションに触れることができるようになったわけです。今も月1回、にこにこハウス医療福祉センターに行って子供たちを診たり、お母さんやお父さんの相談にのっています。最近はボツリヌス毒素療法にも手を出しています。障害があっても一生懸命頑張っている子供たちに触れると、心が洗われます。

笹尾:整形外科の医師でいらっしゃったということは存じていましたが、リハの道に踏み込んだきっかけがリウマチの会に誘ったOTで、それから保健学科に行って患者さんをよくしようと行き着いたのがリハビリだったということ。私は東海大卒でリハビリの医局があり、直接入局しましたが、間違いじゃなかったのかなと感じました。

佐浦:全然間違いじゃないと思うよ。

笹尾:良くしようと思った末に行き着いた先が、リハというのはすごくうれしく思います。


リハの勉強って・・・

中馬:これからリハ科医になりたいとか、リハ医学に興味を持たれたらこの勉強をしたほうがよい等、ありますでしょうか?

佐浦:それは難しい質問ですね。僕は整形外科出身だから、今でも整形・運動器のことは結構突っ込んでいろいろ言えるし、レントゲン写真を見たらこれはどこが悪いとか、骨折後の荷重はどれ位にするとか、リハビリテーションプログラムの進行について助言することができる。でも脳についてはよくわからない。画像を見て、出血があるとか梗塞があるとか位はわかる。でも脳外科出身で大阪医大のリハビリテーション医学教室の非常勤講師を頼んでいる同級生は、MRIの画像を見て患者の障害像や機能予後まで関連づけてわかってるみたい。元々リハビリテーション科にストレートで入るとそういう所は弱くなるかもしれないね。どうかな。

笹尾:はい、スペシャルみたいなのはないですね。他の診療科で仕事をされていた先生と比べるとその診療での知識とか、実際の手術の状態、術後の管理から想定されること等、やはり視点が全然違うように思います。

中馬:ただ先ほど佐浦先生おっしゃったように、その患者さんをよくするためにはどういうことをもっと知らなくてはいけないかというのはいかがでしょうか。

私たちの治療手段は薬の処方だけでなく、PT、OT、STの処方、装具もあります。根本的に運動学は大切だと思うのですが。

佐浦:そう、運動学は重要やね。運動学の講義って僕ら学生の時はなかったしね。余談だけど、神戸大学はリハビリテーション医学の講義は6年間で1コマ(60分)ですよ、今でも。

笹尾:私の時もなかったです。

佐浦:運動学とか栄養学とかね、必要だろうと思うし装具学も必要やろね。

あと、別に整形外科医になるわけじゃないから手術できんでもええし、さっきの脳の機能回復にしても本を読んで勉強したら済むことなんやけど、なかなか頭入らへんし。リハビリテーション医学に限らず、本を読んで実際、患者さんを診てこうなんか、また本を読んで患者さんを診てという勉強を繰り返してやっていかないとダメなんじゃないかなと思います。


今でも心がけていること

中馬:ありがとうございます。

佐浦先生は大阪医大の教授になられたのが2008年でいらっしゃいますが、大阪医大の特色について教えてください。

佐浦:大阪医大の特色は、リハビリテーションに対して非常に先進的というか、先見の明があったということです。ここのリハビリテーション室は1,200平米あって、療法士も50人近くいます。

中馬:すごいですね。

佐浦:整形外科の4代前の教授、小野村先生が理学診療部の部長を兼務していましたが、今後はリハビリテーションが必要になるということで、病棟新築時にこれだけ大きな面積をとって、その後も療法士をどんどん雇い入れました。その後、リハビリテーションセンターを経てリハビリテーション科を独立させたことは先見の明があったと思いますし、今回のリハビリテーション医学教室の創設に繋がったと思います。また、装具の開発も有名で、側彎用のOMCブレースとか片麻痺の患者さんによく処方されるオルトップとかがありますね。

中馬:ありがとうございます。

歴史があって、初代のリハの教授になられているのですが、今でも継続して心がけておられることはありますでしょうか。

佐浦:かっこいい言い方したら、まず患者さんを診に行くいうことやろね。研修医のころに整形外科の教授から、「君たちの教科書は何だ、患者だろ!」と言われていましたね。要するに、とりあえずベッドサイド行けと言われていました。別の先生からは「病棟からの電話が鳴ったら、まず行きますって応えろ」とかね。そんな風に躾けられてきたから、まず、患者さんを診に行かなあかんなと思っています。前任地である県立のリハビリテーション病院の頃から始めましたが、今でも朝7時頃から病棟を回ってます。朝行って「おはよう」って言って回るだけやけど、患者さんも気分ええやろうし、患者さんのその日の体調もわかるし。リハビリテーション科医の仕事の1つは患者さんをベッドから離すことやろなと思うので、前任地に勤めていた時には暇があったらベッドサイドに行ってました。昼間に寝とったら「何で寝てんの?」って言ってましたね。

中馬:患者さんは何かおっしゃっていましたか。

佐浦:結構文句も言うてたよ。しかし、主治医が言うならしゃあないなみたいな感じでした。心がけてることは「時間ができれば常にベッドサイドに行こう」という感じかな。

中馬:良いお話ですね。忘れちゃいけないなと思ってもついつい、いろんなことが入っちゃうと忘れがちになっちゃうことでもありますが。

笹尾:私の所はコンサルテーションが主になっています。処方した患者さんを再診に全て回るということができなくて、カルテのチェックでどういう状況かということで判断をすることも多くなりがちです。佐浦先生からベッドに行くことが大事と言われると、やっぱり考え直さなきゃなと改めて思います。でも先輩の先生方が経験を積まれた今でもそう思うということは、それだけの情報がわかるということでしょうか。

佐浦:そういう偉そうなことじゃなくて、僕は患者さんとしゃべるの好きだし、行って患者さんがにっこりしてくれたらうれしいし、それだけです。患者さんを診察しようとかでなくて、行って「元気?」とか尋ねて、患者さんが「元気になりましたよ」と言うてくれたら、それだけで僕はうれしい。「毎日診察してますよ」とかじゃなくて、「行って話ししようかな」「顔だけでも見ようかな」とそういう軽い気持ちです。

笹尾:会って挨拶をすることですね。

佐浦:それと僕がもう一つ心がけていることは、療法士が知る前に患者さんの状態を自分が知って、それを療法士に言うたろということかな。体調の変化でリハビリテーションが中止になる場合でも、療法士から言われるのは悔しいからできるだけ朝、診に行って今日はこういう状況だからリハビリテーションは中止と電子カルテの伝言板に書き込むほうが良いなと思ったりしていましたね。

土井:そうですね、私は所属が神経内科です。脳卒中の回復期と神経系疾患を主に担当していますが、ベッドにやっぱりおられる方は多く、できるだけ見に行こうと努めています。佐浦先生がおっしゃる通り大事だと思います。

佐浦:訓練室へ見に行ったら患者さんって喜ぶし、リハビリテーションも張り切ってくれますよ。

土井:そうですね。私もできるだけ時間がある時にはふらっと行くんですけど。

中馬:佐浦先生のお話は常に患者さんありきですよね。患者さんをよくするためにどうしたら良いんだろうってリハと出会った。

佐浦:そうそう、その通りです。

中馬:患者さんのことを念頭においておられることは、きっと御教室の方たちもそれを感じながら日々研鑽されているのかと思いました。

佐浦:研修医はよくベッドサイドや訓練室に行ってますね。

研修医:おもしろいっていうのがあるんです。

中馬:まずは何かおもしろいなって興味を持つのは、すごく大切ですね。


これから勉強するDrへのアドバイス

中馬:それでは、ドクター向けにこういう視点でもっとリハ医療のことを考えては?等教えていただけますでしょうか。

佐浦:そうやね、何でも興味を持つということかな。わからんことはすぐに調べたらええやろうし。最近すぐにインターネットで調べられる。例えば他の診療科の略語や手術名等を調べて電子カルテに貼りつけたりとか、あるいはリハビリテーション処方箋にこの手術はこれこれやとかいうてちょっと解説をコピーして貼ったりして。僕は好きです。常に自分が知らんことを知りたいなと思うのが大事じゃないかと思います。別に尋ねることは恥ずかしいことじゃないし、どんどん尋ねたら良いんじゃないかなと思う。

中馬:先生方の1日の流れはどういうものでしょうか。

佐浦:他診療科からのコンサルテーションが中心です。前日に診察の依頼が出てリハビリテーション処方箋を作成した新患を次の日の朝に簡単にレビュー、つまり依頼内容、障害と処方について毎日、前日の診察医が朝の20~30分の間に報告します。

療法士を混ぜての全体のカンファレンスは、週2回月曜日と水曜日に開催しています。これはどちらかというと療法士の経過報告を聞いてるような会になっているので、何とかしたいと思っていますが・・・。

中馬:ここは回復期もある病院ですか。

佐浦:大阪医大には回復期病棟はありません。脳卒中は急性期の治療の後、ほとんど転院します。整形外科の術後患者さんは退院後に外来でしばらくリハビリテーションを行うことが多いですね。人工関節置換術後が多いです。心臓血管外科は結構、術後のリハビリテーション依頼をきっちりと出してくるし、外来での心臓リハビリテーションに繋がっています。消化器外科の術後は落ちついたら退院です。結構、退院時にリハビリテーションが終了することが多いので、退院後もリハビリテーションが必要な患者さんを全体で見ると転院と外来で同じ位かも知れません。

中馬:脳卒中は回復期への流れがあるかもしれないけど、それ以外は結構直接帰られるようですね。

佐浦:術後離床・回復を目的としたリハビリテーションが多いので、退院前の訪問はないです。術後早期からかかわっているので、余りトラブルなくスムーズに退院できる患者さんが多いかな。

中馬:では、リハの先生方が各主治医の先生方とディスカッション等はされるのですか?

佐浦:連絡表とかでやりとりしていますよ。

中馬:評価や歩行解析等はどうされていますか。

佐浦:主には担当療法士が実施しています。医師が行うのは筋電図です。侵襲的な検査は医師が行いますが、動作解析、重心動揺検査等も療法士がやってます。

中馬:先程PT、OTの教育と言っておられましたよね。50人弱位いらっしゃったら、教育については工夫されたりしておられるのですか。

佐浦:療法士の教育に医者が直接かかわることは余りありません。大阪医大の新規採用は、常勤職員ではなくて3年雇用の期限付き雇用です。毎年2~3名程度、新規職員枠が増え、期限が来て退職する療法士もいますから、毎年4~6名程度の新人が入ってきます。常勤職員や経験のある療法士が新人を教育するっていうシステムはでき上がっています。例えば、運動器グループ、がんのグループ、心・血管呼吸器のグループとかに別れていて、新入職員や経験の浅い療法士はグループを回りながら教育を受けています。

笹尾:教育がしっかりしていて、すごいです。

土井:臨床研究とか、何か学会発表の進め方について知りたいです。やはり大学の場合は、もう少し研究をしやすい環境だと思うんですけど。

佐浦:まずは徹底的に症例報告することだろうと思います。特に臨床研究は。症例報告をするということは、その患者さんについての疑問点を明らかにすることやろうし、何でこんなことになるんやろうと思ったことが研究につながるんやろうなと思います。疑問を解明しようとすると患者さんをたくさん集める、つまり臨床研究になってくるからね。

土井:今ちょうど私が持っている患者さんで、絶対どこかで症例報告したいケースがあります。そういうことをきちんとまとめるということですね。

佐浦:いろんな先生が同じこと言うんやろうと思うけど、自分が受け持った患者さん1例1例大事にレポートすることが大切です。それはリハビリテーション科専門医試験の時のレポートにつながるだろうし、レポートを書くいうことは自分がどれだけいいかげんな評価や治療、処方をしていたかということがよくわかって・・・。あの時もっとこんな評価するべきやったとか、この評価が足りへんかったとか、もっと別の治療法があったかも?ってことがよくわかるでしょう。同じような患者さんを診ることになった時にこの評価をしてみようとか、あるいはこの治療法してみようかということになるので。だから症例報告は大切です。レポートを書くのは大事だと思っています。

臨床研究はその積み重ねかなと思います。何でこんなことが起こるんやろとか、こんなんしたら患者さんもっと良くなるんと違うかなと考えることが、臨床研究の第一歩なんやろなと思います。

中馬:論文作成でのアドバイスもお願いします。

佐浦:論文作成は、はじめはとにかく誰かの論文をまねることと思いますね、文体をまねるんです。患者さんにも言うけど、野球うまくなりたかったら野球の練習しなしようがないやろ、歩きたいんやったら歩く練習やでと。論文を上手く書きたいんなら、論文を沢山書かんとしようがないと思います。

それともう一つは、とにかく人の論文を沢山読むことと思います。昔、僕らが英文論文を書く時に指導医の先生に言われたんは、初めは「英借文」でええんや言うて、英作文やなくて英借、借りてくる。とにかく英文論文を沢山読んで、幾つかの決まり切ったフレーズが出てくるから、それを借りてきて論文を書く。とにかく論文を読んで、気に入った文書をまねる。そのうち自分も何か書けるようになってくる。とにかく読んで書いてを繰り返していたら、論文作成もうまくなると思うよ。リハビリテーションと一緒です。ひたすら練習。

土井:はい。

佐浦:とにかく繰り返しと僕は思います、学会発表も。

笹尾:今、ちょうど論文を添削してもらっていてやっているのですが、文体をまねてとにかく書くというのもまさに実践的なアドバイスでありがたかったです。

佐浦:結局、自分が書こうと思う論文ってそれこそ最先端の論文じゃなかったら、何処かに似たような論文って結構あるもんです。そんな論文をさっと斜め読みして、「なるほどこんな書き方したらええんか」みたいな感じで、そのまま文体を持ってきて論文を書く練習をしていると、段々と自分の文章になってきますよ。 それと僕はPCで打った論文は、必ずプリントアウトして読みます。でないと前後で全然違うことを書いていたりすることがあるからね。とにかくプリントアウトして、自分で斜め読みして中身を確認しています。

中馬:たくさんのアドバイスをいただきました。ありがとうございました。


周りの人たちへリハのことを伝えるには

中馬:次に土井先生から質問がありましたね。

土井:私が勤めている鳥取県自体は人口が一番少ない県で、しかも私のいる鳥取市のあたりは人口20万人位の規模です。当然の事ながら医師自体も少ないです。リハ科医はさらに少ないですし、私自身もリハ科の専門医は取ったのですが、神経内科も兼務しています。 患者さん、ドクター、地域の人たちもリハビリは怪我した時にするやつねみたいになっているので、どういうふうに伝えていったら良いかなと普段考えています。

佐浦:どういうふうに伝えていったら良いか?

土井:はい。医師もそうですけども、機能訓練ばかりが仕事のようなイメージがあって。

佐浦:まさにその通りですよ、機能訓練だけとは違いますよ。

土井:機能訓練だけだというふうな狭いイメージを持たれている場合が多いので、それでどうやって伝えていったら良いのかと。

佐浦:僕は前の病院では回復期病棟を退院した後も、それで診療は終わりにせずに外来には呼んでました。外来で様子を見ながら、ちょっと歩き方が悪くなってきたら再入院するか?みたいなことを言いながら診察していましたね。

土井:ブラッシュアップのようなことができたんですね。

佐浦:そうそう。再教育入院やとか何とかいろいろな言い方で入院させてました。回復期病棟は退院後、殆ど生活する地域に戻ってあとは地域で経過を診てもらってくださいという場合が多いと思うけど、僕は結構自分で抱え込んでましたね。だから僕の外来は脊損患者あり、脳卒中患者あり、いろんな患者さんが混在してました。リウマチ患者さんには入院で生物学的製剤を点滴して、合間にリハビリテーションを行ってました。

地域にわざわざ売り込まなくても自分が患者さんにずっとかかわって、何かあったら面倒を見たろみたいな感じで診療していたら、患者さんもリハビリテーション科医ってこんなことしてくれるねんなってわかるやろうし、リハビリテーション科ってそういう所なんやなとわかってくれると思うけど。

土井:そうですね、長期にかかわったほうが良いだろうと思われる患者さんには、退院後もちゃんと診ますよとは言ってます。

佐浦:神経内科やったら脳卒中みたいに急激に発症し悪くなるけど、あとはぐっとよくなって、しかし退院後は廃用が進んで悪くなるような患者さんとか、神経難病のように少しずつ悪化するような患者さんを外来で診て、時々ブラッシュアップ入院させるとかですね。

土井:そうですね。やはりパーキンソン病等もちょっと気になってきたら、声をかけるようにします。回復期じゃなくて神経内科の病棟で。

笹尾:開業医の先生たちとのかかわり方についてですが、リハでも診ていて、地域の開業医の先生が内科的なことを主体に診ている時、主治医意見書の記載はどういうふうにされていますでしょうか。

佐浦:僕は結構自分で書いてます。訪問看護ステーションのスタッフともいろいろと電話やファクスでやりとりしています。

笹尾:リハビリに結構かかわる患者さんは、リハビリが必要な人ですから。

佐浦:僕は開業医の先生でも勤務医でもどっちが書いてもええと思うけど。僕は自分で書きたいほうやし、自分で書いてケアマネージャーや訪問看護師さんに注文をつけたいほうやから。訪問看護のスタッフは、まじめにレポート書いてくれるので、読んだらためになるし。

関節リウマチの患者さんで手が不自由で家の人も注射できない場合、生物学的製剤の自己注射を訪問看護師さんに打ってもらったりとか。

中馬:先生、いろいろなことを具体的になさっていますね。

佐浦:してますよ。もっと話しましょうか。

中馬:はい、お願いします。

佐浦:大学病院では地域連携の部署にいました。患者支援センターの副センター長として、患者さんを回復期か、療養型か、在宅かを考える役割でしたね。仕事のひとつは他院向けの大学病院の医師からの紹介状の翻訳でした。大学病院の主治医が書く紹介状は自分の手柄しか書いてないわけです。急性期でどんなに苦労して治療してこうなってということは詳しく書いてあったけど、最後に一行「あとはリハビリテーションをお願いします」としか書いてなくて。今どういう状態で、今後患者さんはどういう方向で治療を受けるのか?、家族はどう思っているのか?ということを診療科主治医や患者さん本人、家族から聞いて、その内容を僕は診療情報提供書に書き足して先方の病院に送ってました。家族は患者さんを連れて帰る気があるのかないのか?、一生入院で面倒見てほしいと希望しているとか。紹介先の医師や相談員にこちらの主治医や患者さん本人、家族がどんなことをして欲しいのかが、わかるように診療情報提供書を書き直していました。

また、主治医に代わって僕から家族や患者さんと話しをして「療養型病棟へ行かなあかんねんで」とか言うてました。「療養型行ったら何かいいことあんの?」って聞かれても「何もない」って。「じゃ、何で行かなあかんの?」「ここは急性期病院でベッドが詰まってるやろ。次の患者さんが治療を受けるためにベッドを譲って欲しいんや」とか言って。そういう辛い仕事をしてました。

一番入院期間の長い人では、20年入院していた患者さんを転院させました。僕が研修医の頃に入院した人です。ぜんそく発作で入院、挿管管理中に自己抜管して低酸素脳症なって。ずっと先送りで大学病院に20年間入院していた人です。転院の話がでてから1年半位かかったと思います。

苦労したのは、入院時は歩いてたけど術後寝たきりなってしまった小脳橋角部腫瘍の患者さんの転院支援です。結局2年間入院し、その後転院まで1年必要でした。初めご主人に面談にいったら完全無視。毎週ベッドサイドに行っているうちに、半年かかってご主人が心を開いてくれて。いろいろ話しをしながら、転院の話を切り出し、「もし病院変わるとしたら、どんな希望がある?」というと、「あるわ」と10個位の希望がでたので「10個は難しいからベスト5を教えて」「ベスト5から3つ選んで」と言いながら、こちらの対応可能な条件に絞り込ませて「ほんならこれでいこう」と病院を探して転院にこぎつけたり。本当に苦労しました。 僕が病棟に行って患者さんの肩をぽんと叩くと、その患者さんは2週間程度で院内からいなくなるという、あまり嬉しくない噂も流れたようです。

土井:先生が引導を渡していると。

佐浦:そうです。引導を渡してました。神戸市内の療養型病院はほとんど挨拶回りをしました。挨拶に行って入院を決めている病院内のキーパーソンは誰で、実は院長より看護部長が力を持っているという情報を入手し、看護部長宛てに診療情報提供書を作成したり。

訪問看護ステーション看護師さんも知っています。在宅療養となった時は、まず訪問看護ステーションを決めて、そこのステーションの看護師さんにどこの開業医の先生が一番ええと思うか?とか尋ねて。普通は在宅の主治医を決めて、それから訪問看護ステーションという順番だと思うけど、訪問看護ステーションから信頼できる開業医の先生に依頼するという逆方向の段取り等いろいろしてました。

僕は、はじめは急性期、その後、退院支援ということで下流を・・・。前任地が回復期病棟でしたから、上流から下流までうまくつながって、なるほどこうして患者さんが流れていくんだなということがわかりました。

中馬:その挨拶回りはすごく大切かと思いました。

佐浦:挨拶回りも院長先生の所、看護部長の所と、先方の地域連携部門の医療ソーシャル・ワーカーからいろいろ情報を聞いて、考えて挨拶に行きましたね。転院支援はつらいけど、一遍は経験すべきと思いますよ。そのノウハウはリハビリテーション科医としての業務に絶対に役に立つと思う。

中馬:おっしゃる通りですね。

佐浦:転院を受け入れてくれる病院が3つ位あるときは、まず患者さんには1番条件の悪い所から紹介する。患者さんや家族が「えっ!こんな所ですか?」と言えば、「僕もそう思う。それならこれはどうや?」と次の病院を紹介する。また「えっここですか?」って。「わかった、もうこれしかないで」ってぽんと最後に本命の病院を紹介すると「それなら、ここが良いです」みたいな感じで転院先を紹介していました。初めから条件の良い所を紹介したら、もっと良い条件の所はないんですかってことになるのは目に見えているので。

中馬:そういうコミュニケーションが軽快に進むのは、それまでにいろいろとお話をされて、患者さんとご家族の気持ちをぐっと掴んでおられるのでは。

佐浦:そうですね。初対面では絶対無理ですね。

土井:やはり患者さんを見に行くって最初におっしゃった事とつながっているように思います。

中馬:そうですね。患者さんとの会話は大切ですね。


女性医師に対して

中馬:それでは第3部ですけど、女性医師は最近、リハビリテーションの医療に向いているというふうに言ってくださる先生も増えてはきていますが、先生のご意見としてはいかがですか。

佐浦:難しいですね。患者さんからしたらどんな医者がええんかなと思うことは時々あります。余り若い医者が来ても・・・。女性だったらソフトムードでええんかなと思うこともあります。女性医師はリハビリテーション医療に向いていると思いますが、患者さんからしたら、別に女性でも男性でもええやろうし。

中馬:もちろんそうですね。男女差で言うというよりは、きっと女性の場合、自宅退院をすすめる時、生活するというイメージがぱっと広がるというか。

佐浦:それはあると思います。生活を見るということで言えば、僕は自慢できないけど、自分の家族の生活は見てないよ。嫁が寝てる間に家を出て、寝てから帰るみたいな生活を続けているので・・・。子どものことも嫁に任せきり。患者の生活は見に行くけど、自分の生活のことは全くほったらかし。その点女性医師であれば、生活という視点でものを見れるんやろなと思います。

中馬:何か女性が仕事するということで良い面もあるかもしれないけれども、逆にそうでない面もあるのかなという御質問ありませんでしたっけ。

笹尾:そうですね、はい。

佐浦:ちょっと話戻すけど、女性医師がリハビリテーション医療に向いている面についてです。リハビリテーション医療はコンサルテーションが中心なことが多いので、麻酔科とかと同じように、ある程度時間を切って仕事ができると思う。べったり病院にいる必要はないので、そういう意味では女性医師がかかわりやすいかなと思います。

でもそれは男性医師の目から見た、いかに仕事に女性医師ををはめ込むか?みたいな所がありますね。リハビリテーション科は急変が少ないだろうから、ある程度予定も立てやすいし、当直でも呼ばれることは少ないし。女性医師が患者を持っても、そんなに負担にはならないのでは。だからリハビリテーション医療に女性医師が向いてるのでは?みたいな言い方になっている所もありますね。

笹尾:時間的なことですよね。

佐浦:そうそう。でも最初に言ったように、やっぱり女性には女性の視点というか女性の目線があって、リハビリテーションはそういう所が必要だから、リハビリテーション医療に女性医師が向いているだろうなと思います。

僕は女性と一緒に働くことに対して抵抗はないです。女医さんが子供が熱出たからちょっと休みますとか、早く帰らせて下さいというのは、こちらが忙しい時や仕事が詰まっている時は「うーん」とか思うことはあるけど、その女医さんのパートナーがちゃんと子どもの面倒を見たら、その女医さんが別に熱出たから早退して帰らんでもええんやろなと思いますよ。「うーん」とか思うのは、やっぱり男性目線なのでしょうね。

土井:病院によっては託児所がある所もありますね。

中馬:フォローできる所はお互いフォローするような職場の環境があればと思います。

佐浦:女性が安心して働ける環境ができていったら良いんやろうね。でも人が少ない所では、現実厳しいものはあるけどね。

中馬:じゃあ、やっぱりリハ科医を増やさなきゃいけないということですね。

佐浦:そうそう、リハビリテーション科医を増やすことが大切です。

中馬:笹尾先生の所はどうでしょうか。

笹尾:託児所があって、ちょうど私の今働いている所に2歳のお子さんをお持ちの女性医師が託児所を利用していますが、熱発すると早く迎えに来てほしいとかで、ベビーシッターを電話で探したり、調整しなければいけない状態でしたね。夜の7時、8時まで見てもらえるというわけではないですし、5時頃になると引き取りに行かなきゃいけないですし。

中馬:大串先生、何か一言いかがですか。

大串:先ほどのお話で、他の診療科の先生方とディスカッションするためのツールをリハ科医がちゃんと持っていることは大事だと思います。例えばリハ科医の見る筋電図は神経内科が見る筋電図とはちょっと違ってこういう点があるとか、装具も整形外科がつくる装具とは違ってこういうものであるというというのを、もっとリハ科でアピールできたらといつも感じています。

それから私も教員になって学生に教えると、いろいろと知識の整理ができるんですよね。だから女性は子育ての時等、大学や専門学校などの教育現場で仕事をして自分の知識の整理をするというのもいいかなと思いました。

佐浦先生は大学病院から退院される患者さんの紹介状に追記されて、かかりつけ医にわかりやすく説明されていましたが、現場をよく御存じだと本当に勉強になりました。

佐浦:いえいえ。他愛もない自慢話で申し訳ない。


若い先生へ

中馬:それでは若い先生に対して期待することや、助言等お願いします。

佐浦:時代遅れと言われそうやけど、若い時しか働かれへんでと思う。20代の大学院生の頃なんか力任せに仕事しとったし、3日位徹夜しても全然平気やったような気がする。30代になったらちょっと体力が落ちて、40代、50代になって最近では徹夜したら次の日はものになりません。

鉄は熱いうちに打てっていうのか、とにかく若い時にがむしゃらに働いたら、きっと良いことあるん違うかなと思っています。骨粗鬆症の予防みたいなもんで、若い時に骨密度上げといたら、後々減っても大丈夫みたいな感じと違うかな。

若い頃は何でも吸収しようという気持ちがあるので、とにかく頑張ったらええんと違うかな。体力あるから頑張れるよ。若い時は一人持ちの上級医の先生にお願いして、隠れ主治医にしてもらったり、関節造影とかミエログラムとか検査は、とにかくやらしてくれ、やらしてくれと言うてました。若い時の苦労は全部自分の身につくと思う。若い時って失敗してもあまり怒られへんし。あれしたい、これしたい、何でもやりたいみたいな感じで貪欲に研修したらええと思います。

中馬:そうですね。最近は専門医なんてもう要らないとか、学位もいらないとか言っている若い医者も増えてきたと問題になっていると思いますが、その点についてはいかがでしょうか。

佐浦:今後、専門医制度が変わるでしょ。ちゃんとした専門医を目指す、つまり自分が専門医になるという過程が自分にとって良いことなので、やっぱり専門医を目指すことは必要やと思う。

僕は学位が欲しくて研究しとったんと違う。研究をしたくて研究して、でもこんだけ研究したんやから学位位もうてもええやろと思ってた。神戸大学は基礎配属があって、学部4年生の時に病理学教室に2カ月位放り込まれて、ちょうど外科から大学院生が来ていて、徹底的にうさぎの手術を仕込まれたからね。もう朝から晩まで手術して、組織標本の切片切って、その切片を染めてました。そして研究っておもしろいなと思ったのよ。僕は研修医だった9月から動物舎に行って研究を始めました。日中はずっと患者さんを診て消灯後、動物舎に行って手術をしてました。当時リウマチの病態解明のために血管新生の研究をするというので、動物で血管新生モデルをつくろうという話になって、熱中してやってました。

中馬:すごいですね。

佐浦:研究と臨床に明け暮れてました。どっぷり何年か研究ばかりするのも悪くないと思いますよ。

また、大串先生が言われたように、女性医師に限らず時間が許せばどこか専門学校とかの講師を引き受けるべきだと思います。毎週毎週、講義せなあかん思ったら勉強するし、人に理解させることは自分が理解していないとできないし。

土井:以前、私、介護福祉士の養成学校に教えに行っていたことがありますので、確かに勉強にはなりました。大変でしたけどね。

中馬:笹尾先生は他に何かありますでしょうか。

笹尾:そうですね。佐浦先生のご教室で女性医師が勤務する上で工夫されているもの等、もしございましたら教えてください。

佐浦:工夫・・・。とても気を遣ってます。当科には女性部屋があります。女性部屋って女性用のロッカールームのようなものですけど。元々部屋があって、そこを女性ばかりの専用部屋にしようということです。

研修医:更衣室兼研究室みたいなものです。

中馬:良いですね。そういうのがあるだけでも助かっているのでは。ロッカーが並んでいるだけで、仕方がないからその都度トイレに行って着替えているという人はいますよ。

他にもいろいろと気遣っておられるのでしょうか。

佐浦:僕な、結構自分を抑えてます。女性だから、男性だからというのはないです。

県立リハビリテーション西播磨病院では副院長やったから、むっちゃくちゃ怒ってたけど、ここでは余り怒らんようにしてるつもりです。

研修医:指導はしていただきますけど、怒られたことは記憶にはないです。まだ来て3カ月強ってこともありますけど。

中馬:じゃあ、本当に。

研修医:喜々として教えてくれたり。

佐浦:ぶちぶちと独り言のように文句ばっかり言ってるかもしれんけどね。

研修医:でも楽しいです。自由にさせてもらっています。

中馬:すごく良いことですね。本日は楽しく先生のお話を伺うことができて、本当に楽しい会になりました。

佐浦:ありがとうございました。

中馬:本当にありがとうございました。


最後に

佐浦先生と本音トークができたようで、本当に楽しいひと時でした。興味をもった事をとことんやる、若い時はがむしゃらにやる、クールに見えて実は熱い先生です。どのような質問をしても全て答えてくださり、直球の意見という印象でした。きっと時間が許せばもっといろいろな方面のお話を伺えたかもしれません。笹尾先生、土井先生にとって良い機会になったと信じています。

当日は教室の先生方も来てくださっており、本当はもっとご紹介したいこともあったのですが、字数の都合で割愛させていただきました。申し訳ありません。

佐浦先生、ご多忙の中、本当にありがとうございました。

文責:中馬孝容