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リハビリテーション科女性医師ネットワーク(RJN)

第10回「この先生に聞きたい!」女性リハ科医キャリアパス

日時 2014年10月3日(金)15:45~17:15
場所 長野県諏訪郡 信濃医療福祉センター
ゲスト 朝貝芳美先生 信濃医療福祉センター
インタビュアー 垣田真里先生 和歌山県立医科大学病院リハビリテーション科・那智勝浦町立温泉病院整形外科
藤原清香先生 東京大学医学部附属病院リハビリテーション科
司会 小口和代 RJN世話人・刈谷豊田総合病院
オブザーバー 大串 幹先生 RJN副世話人長・専門医会幹事・熊本大学
原薗晋太郎先生 刈谷豊田総合病院初期研修医

自己紹介
小児リハへの道程
物理療法の応用
療育の歴史
運動機能予測
小児リハの地域連携
評価・訓練と長期経過
まとめ


自己紹介

司会:今日は、信濃医療福祉センターの朝貝芳美先生をゲストにインタビューさせていただきます。インタビューの前に、センターと長野県立花田養護学校、医療と教育が一体化した環境を案内していただき、先生のお話がますます楽しみになってきました。まずはインタビュアーの先生方から、自己紹介をお願いします。

垣田:和歌山県立医科大学附属病院リハビリテーション科の垣田真里と申します。私はいま卒後9年目です。東京医科大学を卒業しその後、2年間、順天堂医院で初期研修をして、その後、小児の心臓外科に魅力を感じ、大阪医科大学の胸部外科に入りました。後期研修を経て5年おりましたが、私も家庭が欲しいなと思ったり、一生続けられる仕事を、と真剣に考え始めた時に、今の働き方だと無理だなと思いまして。心臓血管外科は手術しかしなくて、患者さんはリハ科の先生が診て退院させて下さっていて…たまたま同じ医局の4年先輩もリハ科に転科されていて、私も転科という形で、2012年11月より和医大の田島先生のところで一から勉強させていただいております。この機会をいただきまして本当にありがたく、勉強して帰りたいと思います。宜しくお願いします。

藤原:東京大学医学部附属病院リハビリテーション科の藤原清香と申します。私は卒後すぐ東京大学整形外科に入局しまして、10年あまり整形外科医として勤めて来たのですが、整形外科のローテーションの中で、心身障害児総合医療療育センターの君塚葵先生の下で研修をさせていただきました。小児の療育、小児整形外科、そしてリハビリテーションと、正にここのセンターとよく似た環境で研修しておりました。その際さっきお目にかかった患者さん(注:インタビュー前の施設見学時、藤原先生の担当されていた患者さんに、病棟で再会するという偶然がありました。)、3、4年前にあのお子さんを担当していた時に、こちらのセンターで行っているリハビリの話をお母様から聞きました。いつかどんなセンターなのか見に行きたいと、ずっと思っていました。療育センターを辞めた後、カナダに留学して小児リハビリテーションの病院で1年ちょっと、カナダの療育も見学してきて現在に至ります。今後小児を自分の専門としてやっていきたいと思っている中で、芳賀教授から朝貝先生へのインタビューをと言われ、それはもう是非行きますと…今日、ここに見学に来ることができ本当に嬉しく思っております。

司会:ありがとうございます。今日はオブザーバーとして、熊本大学の大串 幹先生と、刈谷豊田総合病院でリハ科をローテ中の2年目研修医の原薗晋太郎先生にご参加いただいています。


小児リハへの道程

司会:事前にお二人のインタビュアーの先生方から朝貝先生に、この機会に是非伺いたいということをご連絡いただいています。まずは、先生の小児リハへの道程について、そのきっかけと、なられてよかったこと、悪かったことをお話しください。

朝貝:私は東京医大を卒業し、東京医大の整形外科に入局して、その中で筋電図や歩行分析などの分野も担当していました。信濃医療福祉センターはローテーションで半年回ることになっていました。難しい領域で、半年で分かることはあまりないのですが…子どもの名前も覚えられないうちに帰っていいのかな、というのがあったり、運動会などで子どもたちの様子を見ているともう少しいたいなと思い、半年が1年になり、1年が2年になった時に、教授から、もう駄目だ帰って来いと言われました。帰る時は非常に残念で、もっといたかったという気持ちで、帰りました。

ここにはもう戻って来ないのではないか、と思っていたのですが、たまたま私の先代の施設長井上雅夫先生が、私を呼んでくれて、副所長として戻って来ました。副所長といっても右も左も分からないし、2年ぐらいの任期で戻るつもりでしたが、その時に施設長が70歳近かったのですね。だから、副所長が所長にという話が出てきました。大学の教授と相談したら、やってみろということで始めたのですが、その時35歳ですよ。

司会:若いですね。

朝貝:本当に、何も分からずやらせてもらって…ただ、ここは伝統があったので、ずっとこの施設をやってこられた事務長とか職員とか、井上先生が残してくれた財産があったので、私は好きなことをやっていればいいという感じでした。それこそ最初に来た時は、私は大学では脊椎班の班長だったのです。だから腰の手術とか、整形外科のことしかできないので人工関節など自分のできるところから始めていきました。最初は、子どもたちを何とかしようという気があったのですが、だんだんにそうではなくて、子どもたちから励まされるようになって、元気をもらう立場になって続いてきた、というのがいきさつです。

司会:何か印象に残ったエピソードや、よろしかったお話などもご披露いただけると。

朝貝:いいことはたくさんあって、親御さんと子どもたちの成長を共有できて、喜べるというのはすごくやりがいがあったし、よかったことかなと思っています。それから子どもを泣かせないような治療とか、子どもの能力を最大限に伸ばすようなリハビリ・治療を目指してやってきて、幾つかいい感触があるのも出てきていますので、その辺がやりがいだったのではないかなと思います。悪かったことはあまり思い付かない。何でしょうね。私の後継者がいなくて、困っているのが悪かったことかな。時代の流れで障害が重症化してきて、全国の障害児施設に整形外科の跡取りがいないんですよ。どこもそうなんです。整形外科で障害児のことをやろうという先生がすごく貴重というか、変人というか…(笑)いや、本当にそうなんです。そのぐらい貴重で、50年に1人出てくるかどうかというぐらいの人ですよ。整形外科はそういう状況だから、やはりリハ科、特に女医さんにこういう仕事を頑張ってもらいたいです。運動機能はやはり大事なところなので、今まで我々の施設にリハ科の先生が入ってくることはなかったのですが、是非参入していただきたい、というのが希望です。

垣田:先生は長野県ご出身ではないのですか。

朝貝:違います。東京の立川市です。地元の人間ではないのですが、とてもこちらが気に入って、東京でさんざん遊んだので、ネオンは全然恋しくないですよ。若い人が東京から来るとネオンが恋しくなるらしいですが、蛍が飛んでいたりとか、そういう方が私に合っているんです。東京はあまり行きたいとは思わないですね。

垣田:医局の人事でこちらに来られるまでは、こうなるとは思われてはいなかったのですか。

朝貝:全然思っていませんでした。最後に副所長で来た時も、帰るつもりで来ていました。

藤原:どこら辺で覚悟されたのですか。

朝貝:周りのスタッフに助けられたというところですね。そういう人たちがいなかったら、たぶん続けられなかったと思います。だから、いまだに、所長としての仕事はあまりしていなくて…所長といえば、経理から人事管理から全部をやらなくてはいけないでしょう。皆さん、スタッフの人たちに頑張ってもらって、私は好きなことをやっているというので続いてきたのですね。よいか悪いかは分からないけれど。

垣田:お好きなことの中に、LEDやレーザーの治療があるということなんですね。

朝貝:そうです。


物理療法の応用

藤原:今まで小児リハビリテーションに関わっている医療関係者が思いつきもしなかった部分、例えば普通のLED電球を当てるとか、あるいはレーザーを当てるとか、あまり他の施設ではやっていない中で、これを子どもたちにやってみたらいいかもしれないと思いつく発想は、どういうところから出てくるのでしょうか。

朝貝:療育の父といわれる高木憲次先生がおっしゃるのは、時代の科学を総動員して、子どもの持っている能力を最大限に伸ばす。それを実践しているだけですね。子どもに害のないもので、子どもが泣かないようなものであれば試してみようと。昔はそれでよかったのですが、今はいろいろ難しいですが…

垣田:倫理とか、いろいろありますね。

朝貝:以前はお母さんさえ納得してくれればいろいろできたので、試すことができました。鍼治療で脳性麻痺痙縮治療が行われており、レーザー鍼という考え方がありました。じゃあ、やってみようと。全く何の根拠もなくやったわけではなくて、やってみたらよかったので、では低出力レーザーというのはどういうものなのかを勉強しました。これは害がないということで、何で効くのかとみてみると血流が良くなったり、いろいろな作用があるのですよ。それは後から考えると当然のことで、人体に光が当たれば、一つの組織だけが反応することはあり得ません。体全体がいろいろ反応してくる。自律神経が反応したり…ペルテス病だって血流が良くなれば早く治るのではないかとか、先天股脱だって開排制限のあるものに、無理にリーメンビューゲルを着けるとペルテス様変形が生じるけれども、あれは股関節を柔らかくしておいて装具を着ければ生じないのではないかとか、もしかすると臼蓋形成がよくなるのではないかとか…そういうことを試してみると、想像が想像以上になったりすることもあるわけです。いろいろやってみると、光治療は結構期待に応えてくれるので楽しいですよね。

司会:すごいですね。

朝貝:でも、一人の力で皆さんに納得してもらえるようなデータを出すというのは非常に難しいです。学会発表はたくさんやっているのですが…だからいまだにそんなに広まらないのです。レーザーをやっている所はほとんどない状況です。

藤原:そうですね。療育センターでもやっていません。先生がやっていらっしゃるというのは伺っていましたが。

朝貝:機器を購入するのも大変です。

藤原:予算の問題もありますしね。

朝貝:では、どのような論文が出ているのかと言っても、私の論文ぐらいしか出ていない。あまり論文がないということで、なかなか機器を買ってもらえないのではないでしょうか。先ほどのLEDだって、もともとは宇宙飛行士の骨粗鬆症にNASAが始めた仕事です。日本では、名古屋市立大学の研究でLEDを当てるとIGF-1が増えるという論文もあるのですよ。重症児はIGF-1が低いですよね。IGF-1は骨の成長に関わっていて、多くの重症児は、背が低く身長が伸びないとか、骨が太くならないとかありますよね。何とかIGF-1を高くできないかというと、今の治療でIGF-1が高くなる確立した治療はないのです。では、NASAの話とIGF-1の話とをくっつけてみれば、ヒットするのではないか、と。そのときに市販されているブルーの波長にピークのあるLEDで一番エネルギー密度の高いものを使ってみました。半年使って結果が出なければやめようと思っていたのだけれども、驚く程の結果でした。

垣田:半年で結果が出たのですね。

朝貝:1カ月で骨代謝が変わる。それも薬を使うよりも変わっていました。大人に関してですが、薬でこれ以上変化すれば薬の効果があったという最小有意係数という指標があって、それをはるかに超えていましたね。それはホメオスタシスではないかと。低ければそれなりに上がる、正常まで上がるということですね。物理療法は面白いですよ。自分で国際光治療学会をつくって、第1回を諏訪で開催し、いま2年に1回、世界各国でやっています。去年はリトアニアに行ってきました。光で糖尿病を治すとか、いろいろありますよ。可能性はたくさんあるし、面白い領域だと思います。

司会:このようなことを知る機会が少ないのも現実です。この興味深いお話は、学会のホームページにアップされます。いずれは冊子でも紹介させていただくことになります。

朝貝:残念ながらエビデンスがないということも、ですね。


療育の歴史

司会:続きまして、この30年余りの小児リハの歴史、特に脳性麻痺児の療育の変化についてのお話に進みます。

朝貝:私が来た30年ぐらい前は小児リハ、特に脳性麻痺のリハというのは科学として確立されていなかったですね。重症な人は何をやってもうまくいかない。軽症の人は地域にいてもいいのではないか。では、施設は何をやるのかということがありました。当時は地域の学校では障害児は受けなかったですからね。当時は入所の子どもたちと野球をやったり、将棋をやったら負けてしまったり、そういう子どもたちが主に入所していました。また重症で自分では食事ができないと施設入所の適用にならず、車いすを使用するこどもはほとんどいませんでした。それは、地域で障害児を受けてもらえず、こういう施設で専門の治療、専門の教育を受けるというのがその当時の考え方だったからです。しかし、例えばここを卒業しても、傘のさし方がよく分からない、つまり、周りでみんながやってしまい、自分でやるということがほとんどないわけですよ。閉鎖社会で対人的にも未熟だし、そうなると施設に入所してリハビリするということは何なのか、というのが出てくるわけです。

痙直型で筋緊張が高い人をそのまま訓練してもよくならないですよね。逆に緊張を高めるから、集中訓練は禁忌だとか、無理して歩かせてはいけないとか、そういう話がいまだにありますが、その当時30年前も当然あって…。当センターの近くの子どもさんが学校に上がるのに杖で歩きたい、訓練をしてほしいと来たんです。訓練に回したら、いや、この子は地域の保育園に通っているから、訓練よりも社会性を伸ばした方がいい、訓練、訓練と言うなと言われました。結局その子は、大阪の病院に行って集中訓練をして歩けるようになって帰ってきました。

そういうことも、ここでできなくてはいけないと思いました。でも、その当時は例えば1カ月入所訓練して本当にその子の能力、機能を上げられるのかどうか、逆に下げてしまうのではないかとか、そういう心配があってできなかったんです。だって1カ月入所させて全然変わらないとか、かえって悪くなったといわれたらどうしようもないですからね…それを打破したのは、母子入所でレーザーを使ったら、1カ月で歩く力が上がったことです。これはいけるのではないかと思いました。

それまでは、ここの母子入所も、集中訓練という考え方はありませんでした。親御さんに扱い方、訓練の仕方を教えるということで、子どもの機能を上げるという考え方はありませんでした。そういうことが少しずつできるようになってきたのは、平成になってからだと思います。


運動機能予測

朝貝:しかし、脳性麻痺の子全部が集中訓練の適応なのかというと、そんなことはありません。では、どういう子が適応なのかということで、そのころGMFCSという重症度分類が出てきて、レベルIIIとかIVは適応があるということが分かってきました。あと、カナダのマクマスター大学のGMFMの成長曲線が出ました。あれを見ると、だいたい10歳で頭打ちになります。10歳ぐらいまでに伸ばさなくてはいけないということも客観的にも分かって、そうなると、運動機能を伸ばせるチャンスというのは年齢的に限られることになりますよね。でも、そこでその子の持っている能力を最大限に伸ばすためには、やはりプログラムを準備しないといけない。それには頻度の少ない通院だけではどうにもならない。私は通院というのは日常でやることを教えて1カ月なら1カ月、何週間なら何週間家庭で実施しそれをまた外来でチェックして、また次はこんなふうにやりましょうねと指導しますが、必ずしも機能が向上していくとは限りません。

一方、入所はマンツーマンで訓練士がついて、子どもの能力を1段階アップさせるということです。そうすれば親御さんも扱いやすくなって、家に帰ってからも反復できる。外来通院のみで頻度を増やせば何とかなるというのとはちょっと違う。お母さん方にも質問をしてみると、やはり、家に帰るとお母さんなんですよ。子どもにそんなにずっと関わっているわけにはいかないという家庭の事情があるので、親子入所をすると子どもにしっかり関われて、子どもの変化にも気が付きやすいという回答がかえってきます。能力を1段階アップして家に帰ってから繰り返し日常の生活の中で実施できることを広げるきっかけをつくるのに通院だけでは無理な場合もあり、親子入所も必要です。

痙直型だと、レーザーにしろボツリヌスにしろ、一時的には効くけれども、結局は持続できません。筋解離手術をして訓練すれば機能が上がるので、いろいろ組み合わせて持っている能力を最大限伸ばすようにしています。アテトーゼと失調と筋緊張の低下したケースをどうやって機能をアップしていくかというのも課題としてありますが、緊張性アテトーゼはレーザーで緊張を緩めると、不随意運動も少し抑制されます。それから失調は磁気刺激、筋緊張の低い児は、低周波電気刺激で腹筋・背筋などを刺激しています。そういうことで機能をタイミングよく伸ばす必要があります。

日常でできるところまでレベルが上がれば、日常で実践することで機能は上がっていくし、逆に家に帰ると車いすになったりできることを実践できない人は機能が下がってしまいます。日常で使ってくれないと機能は維持できないということも分かってきました。親御さんが来たときに、こういう流れを説明するわけです。それから運動機能予後予測については、だいたい3歳までにお座りができると歩ける可能性があるというのは、古くから言われていることです。それを根拠に親御さんに、この子は持っている能力があるのだから、何とかそれに向けてプログラムを立てましょう、と説明をすると、納得されますね。

一同:(うなずく)

朝貝:そういった説明は、今まで聞いたことがないという人がほとんどです。機能の予後だとか、発達する時期というのを知らないお母さんがほとんどですね。日本でも近い将来、機能獲得の可能性の説明をしないと外国のように訴えられると思います。後からそんな話は聞いていなかった、歩ける可能性があれば、ぜひやらせたかったと。やはり医師は可能性について説明して、親御さんに選択してもらうということが、これからますます大事になってくると思います。

藤原:このような領域の専門家というと、整形外科、小児科がやはりメインだと思うのですが、その一方で、整形外科でも小児科でも埋めきれない部分があると言えるのでしょうか。言えるのであれば、そこにリハ科の医師が活躍する場があると考えられるのでしょうか。

朝貝:整形外科といっても、この領域の整形外科医は少ないですよね。

藤原:手術、メディケーションを決められるのは、やはりお子さんの発達をずっと長く診てきた先生、これまでやってこられた整形外科の先生方だと思います。けれども、そういう整形外科医が今とても減っているのですね。

朝貝:この領域に入って来ない。

藤原:ならばリハ科医が運動評価をしながら、小児整形外科の専門医に適時コンサルトするような連携が必要になってくるのでしょうか。

朝貝:それは絶対ですね。整形でやって欲しいと言われてもいないのですから。やはり子どもの領域はリハ科の女性医師に頑張ってもらいたいです。すごく働きやすいと思います、このような施設は。

垣田:それは急変が少ないとか、長い経過で予定を立てながら手術するとか、常勤で診ていくことのできる、勤めやすい職場であるということですか。

朝貝:それは間違いないと思います。急変がないわけではないけれど、例えば窒息とか。

藤原:痙攣もあります。

朝貝:是非、我々の後継として、リハ科の女医さんにこういう領域にどんどん入ってやってもらいたいです。


小児リハの地域連携

藤原:先生の先ほどのお話で、30年前は比較的レベルのよいお子さんが多かったけれども、最近どんどん重症化しているのですね。実際、重症のお子さんも、あるいは普通学校に行かれているお子さんも、受け入れるのは地域ですよね。地域の身近な場所で関わってくださる人たちがとても重要だと思うのですが、具体的に何が課題になっているのでしょうか。

朝貝:ここでいくら集中訓練してよくしても、地元へ帰ると継続しないということが一番の問題です。地元の環境調整がしっかりできないと、機能は維持できません。その時学校の先生や、一般の人たちは、われわれは訓練士ではないから訓練はしない、となってしまう。でも、この子たちは別に訓練のために歩いているわけではなく、日常生活で必要だから歩いているのです。安全だけ確保してもらえれば、やり方が悪いとか、そのようなことは一切問いません。もし変な歩行パターンになってくれば、また集中訓練で直します。使わないでdisuseになったものは戻らないが、変な格好で歩いているのは戻せますから。そのような言い方で、とにかく使ってもらう方向で調整をしているのですが、なかなか難しいですね。

悪くなる時というのは、成長期に骨がグーッと伸びて変形・拘縮が強くなったり、大きくなって動かなくなった時です。今まで起立保持具で立っていた子が、何らかの原因で起立保持具を使えなくなる。1ヶ月、熱を出して寝込んだら、もう立てなくなってしまったとか、どこかが痛くなって、痛くなくなるまでちょっと休んでいたら、立てなくなってしまったとか。そのような時、チーム医療で皆できめ細かく対応するようにしていかないと、今までできていたことが、できなくなってしまうということはよくあります。絶対に環境調整は必要です。

藤原:その辺は、まさにリハ科医が貢献できる部分ですね。

朝貝:我々のできることは、集中訓練してリフレッシュして戻すことです。中学生、高校生でも機能のリフレッシュはできます。地域生活を支援するための我々だという立場が一番いいのではないでしょうか。

藤原:お子さんの社会参加につながることで、障害者が隔離されずに一緒にやっていける雰囲気作りにつながるということですね。

司会:高齢者で介護と医療の連携が欠かせないように、お子さんにとっても、地域生活と医療の連携が外せませんね。

藤原:ただ、高齢者は数がとても多いです。脳性麻痺のお子さんは、高齢者に比べればずっと少ないので、地域で見たことがないからと、拒否感が前面に出てしまうこともしばしば見受けます。

朝貝:知らないと怖いものです。特に学校の先生は病気のことは分からないので、最初は拒否感がどうしても出ます。それは仕方がありません。とにかく学校に入って、最初はお母さんが付いて、慣れたらだんだんお母さんは来なくてもよいと言ってもらえるようになることが多いと親御さんに話します。また、普通学校の特別支援学級なのか、特別支援学校なのかという話には、レベルを下げるのはいつでも下げられるので、とにかくやってみないと分からない、どちらがよいかは、担任の先生とか周りにどういう子どもがいるかで全然違うので、一概には言えません。だから、上のレベルからやってみるのはどうですか、という説明になります。

垣田:お子さんのいる女医さんが、子どもが学校生活をしていく中での経験を踏まえると、障害を持つお子さん、お母さんにインフォメーションを提供する時の強みになりますか。

朝貝:子育ての先輩として、あるいは同年代としていろいろ力になれると思います。でも最近は、「母子入所」から「親子入所」と名前が変わりました。

藤原:お父さんが、イクメンと。

朝貝:そうなんですよ。おばあちゃんが来ることもあります。


評価・訓練と長期経過

朝貝:小児脳性麻痺のリハが科学として認められていないという中で、かつては共通の評価がありませんでした。何々法とか、何々法があって、効果について比較検討されておらず、自分がやっている方法が一番いいと思っています。

GMFMが出て、これで多施設で比較できることになりました。全国の肢体不自由児施設で、私が責任者になり多施設研究は絶対にやらなくては駄目だと思いました。そうしたら大御所の先生がそのようなことをして、ネガティブな結果が出たらどうする、やめろと言われました。

もう一つは、訓練方法によって効果に差が出たらどうするかと。だから、そういうことはしない方がいいと言われたんですが、それをしなければ、我々の仕事の将来はないと思ってやりました。評価で訓練による変化を全部とらえられるわけではなく、一部分です。それでも、例えばうちよりも大阪の有名な施設の方が、変化が大きければ、どこが違うのかということを検討し、それに近づく努力をした方がいいと考えて、各施設からデータを取り寄せてみたのですが、実際にはあまり変わりませんでした。

全国の施設ではボバース法を中心とした訓練がやられていて、一部でボイタ法を実施していますが、それほど変わらないので、訓練方法というのは子どもが興味を持ってやるものなら、いいのではないかなと思いました。県外から子どもが入所しますが、立って歩く段階になっても歩行訓練をやっていない県もあります。起立保持具もほとんど作っていない。そういう人はここでやると伸びますよ。今までやっていないから。

今の日本の脳性麻痺訓練は、頻度の少ない通院が中心です。ケースによっては、集中訓練でもっと伸ばせるのではないかと思っています。親子入所も手術も、広域で役割分担することが必要です。これだけ子どもが少なくなり、しかも立ったり、歩いたりする可能性のあるケースはその中のごく一部ですから、その子たちをしっかり診るシステムを作らないといけないと思っています。それには共通の評価が必要ですが、もう少し使いやすい評価が必要です。

藤原:GMFMの評価も大変です。

朝貝:GMFMを多くの例に使うのは難しいですね。それに、お母さんが抱きやすくなったとか、笑顔が増えたとか、そのような評価は何もないのです。そちらのほうが重症児や親にとって大事です。だから本当に、評価するということ自体が難しいのですよね。

藤原:小児のリハビリテーションは、小さいころにいろいろな介入をして、結果が出るのは成長が終わった時期ですよね。スタートから結果が出るまで10年、20年と長期にかかる中で、エビデンスを作るとなると…

朝貝:そのためには、よりよい共通の評価と多施設研究ですよね。一施設だけでは駄目で、施設がネットワークをつくってやっていかないと結果は出てきません。長期の経過を見るというのは非常に大事なことです。私がよかったと思うのは、ナチュラルヒストリーを相当見てきたことです。

藤原:30年間にわたってですね。

朝貝:足の変形は目立つから、尖足があったり、外反足があったりすると、いろいろ心配になりますが、最初は尖足のことが多い。だんだん体重を掛けられるようになって、外反足舟底変形になっていくんですね。成長して背が高くなって体重が増える時期に足変形はだんだん悪くなりますが、15~16歳になって骨格がしっかりしてくると、それ以上悪くならないし、かえってよくなるんですよ。だからそんなに焦る必要はなくて、何でもかんでも装具を履いていないと立たせてはいけないなんてことは、全然ありません。かえって本人が立ちやすい、歩きやすいようにやっていけばいいので、よく他のところから来たお母さんが靴型装具を履いて歩かせていますが、これはどうして履いているのと尋ねると、履いて歩かせてくださいと言われましたと。履かずに歩いてみたら、ずっと歩きやすい場合もあり、やはり子どもが歩きやすい方がいいから、履かなくてよいという話もします。かえって装具を装着すると歩行の際に足の出が悪くなる場合もありますね。

座面がついている歩行器だと、尖足で蹴ってスピードを楽しむでしょう。しっかり体重を掛けて歩くということにならないけれども、遊びとして本人が移動を楽しむにはそれもいい。一方で、しっかり起立保持具で足底に荷重するとか、お母さんが介助で立たせてゆっくり歩かせて、足底の荷重をしっかり覚えさせるとか、両方でやっていけばいいと説明します。脳性麻痺では、禁止するのが一番まずいですね。例えば、割り座は脱臼になるという迷信があって、でも禁止すると、その子が唯一できていた割り座ができなくなってしまうことがあります。割り座は、胡座の反対なので、両方やった方がいいですね、股関節の可動域を確保するのには。割り座を1日中やっているわけではないですから…できることを禁止するのが一番まずいのです。

脳性麻痺というのはワンパターンになっていくので、一つできていたことから次のことを訓練して、一つが二つになれば、それはもうそれで十分。一つをゼロにしてから、増やすのはなかなか難しいと思っています。それと、楽しいことはどんどんやった方がいいですね。嫌なことを無理矢理やるのは難しい。だから立つのも時間を制限せずに、本人が喜んで立ちたがっていれば、どんどんやってもいいじゃないかと思っています。あまりエビデンスはありませんが。

司会:小児リハのポイントがたくさん出てきました。刈谷豊田総合病院のリハ科研修では小児にここまで特化したことは見せられないので、原薗先生に参加してもらえてよかったです。今回の見学で学んだことは、来週の科内勉強会で発表してくださいね。

原薗:病院ではなかなか見えない、地域に根差した小児リハが見られてよかったです。話は変わりますが、リハ科医が足りないといつも言われていますが、リハ科に興味を持っている人に伝えたい、その魅力について教えて下さい。それから初期研修や後期研修の間に、やっておいた方がいいことはありますか。

朝貝:難しいね…後期研修はなかったですからね、我々の頃は。何でもやっておいた方がいいと思いますよ。

原薗:何でも、ですか。

朝貝:リハ科といっても、ジェネラリストとスペシャリストとがありますね。療育施設では、スペシャリストということになります。心臓とか成人は専門的には診られません。若い時はいろいろ勉強すると思いますが、好き嫌いはあります。やっぱり好きじゃないと続きません。

藤原:それが先生のモチベーションですね。

朝貝:そうですね。魅力は、やはり子どもが喜ぶ、親が喜ぶということですね。持っていない能力を伸ばすというのは、今後は再生医療でできるかもしれませんが、今はできないので、どのぐらいまでその子に能力があって、そこに至るにはどうすればいいかを検討して、それを提示するのがすごく大事だと思います。それを提示するには、長期的な経過も知らないといけないですし。

垣田:何歳ぐらいまでフォローされるのでしょうか。

朝貝:整形外科だから赤ちゃんからお年寄りまで、ということですが、だんだん成人になってくると、われわれの手に負えないような二次障害が出てきます。でも、そういうことを知っておくことは非常に大事なので、来ていただければ、私のできることはやるというスタンスでありますが。


まとめ

司会:朝貝先生にお尋ねしたいこと、一通り伺えたかと思います。先生が最先端の科学を小児リハの領域にどんどん取り込まれ、自ら学会を立ち上げられたり、やれることを全て力を出し切ってお仕事に向かわれているお姿に、とても感銘を受けました。女性医師への期待も非常に嬉しく感じましたが、リハ科医を目指す若い世代は、まだそれほど力強く広がっていないと認識しています。リハ科には小児という大変興味深い分野も含まれますし、小児・成人に関わらず、医療という枠にはまらず、ダイナミックにニーズに応えられる科だということを、もっと若い世代に伝えられたらと思いました。大串先生、いかがでしょうか。

大串:リハビリテーションという言葉や、小児の療育と聞くと、何か少し泥臭くて、何をやっているか分からないブラックボックスのように感じることがあります。テレビでやっているリハビリ、例えば筋力訓練とか歩く訓練とか、スポーツの後とか、手術の後の回復みたいなものは、イメージとして出てくるのですが…私たちはリハ医として、最先端のエビデンスがあるものを本当に力を尽くしてやりたいという気持ちがあるのですが、一般の方にうまく伝わっていない感じがしています。それを伝えることを、学会としてプログラムを組んでやらないといけないと思います。多施設共同研究や、先生のノウハウを幾つかの施設でモデル的に展開するとか、システムを作っていくと広報できるのではないかと思います。特に手術以外に、非侵襲でしかももっと良い治療法があるということは、とても福音だと思うんです。リハ医は身近なところで、お母さんに直接役立つようなものを提供できるということを、是非もっと広げていただければと思っています。市民公開講座や何かのセッション等で、世間にアピールしないと役割を認めてもらえません。整形外科や心臓外科だと名前が通っていますが、リハ科となると、何をするの、みたいな感じになることもいまだにありますから…そうではなく、やはりすごく大事な領域だということを今回、先生から発信していただけました。

朝貝:お二人の話で、どんどんこういう施設を若い人に見せたくなりました。来て見てもらえば、こんなことをやっているんだというのは分かるでしょうし、中にはこういうことをやってみようという気になる人もいるかもしれない。

司会:小児リハのキーポイントから将来の課題まで大変幅広く、白熱したインタビューになりました。皆様、本日はどうもありがとうございました。

司会を終えて

インタビューの後、朝貝先生に下諏訪の観光案内をしていただきました。センターから程近い諏訪大社下社春宮へ。初秋の夕刻、鬱蒼とした木々に囲まれた参道は真っ暗で、スマホのLEDで足下を照らしながら歩きました。そして、旅館「奴」で温泉につかり、朝貝先生を囲んで夕食会…いつまでも話は尽きません。おかげで一同、すっかり打ち解けることができました。企画に参加していただいた皆様と、インタビューのみならず思い出になるひとときを作っていただいた朝貝先生に、心より感謝申し上げます。(小口)