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リハビリテーション科女性医師ネットワーク(RJN)

第12回「この先生に聞きたい!」女性リハ科医キャリアパス

日時 2015年5月15日(金)14:30~17:00
場所 宮城県仙台市 東北大学医学部6号館4階
ゲスト 出江 紳一 先生 (東北大学大学院医工学研究科 研究科長/リハビリテーション医工学分野 教授・東北大学大学院医学系研究科肢体不自由学分野 教授)
インタビュアー 知念 亜紀子 (埼玉医科大学)
冨口(砥上) 若菜 (熊本大学医学部附属病院)
司会 豊岡 志保 (RJN世話人・国立病院機構山形病院)

総合大学の中でリハ科医師の仕事
リハビリテーション科医師を目指す
リハビリテーション科の魅力
コーチングとリハビリテーション
今日のインタビューを振り返って


総合大学の中でリハ科医師の仕事

司会:今日はRJN、リハビリテーション科女性医師ネットワークのインタビュー企画です。今回はゲストを東北大学 出江紳一先生にお願いしました。そして、インタビュアーは埼玉から知念亜紀子先生と熊本から冨口(砥上)若菜先生をお招きました。どうぞよろしくお願いします。

出江教授、知念、冨口(砥上):よろしくお願いします。

司会:それではインタビュアーの自己紹介からお願いします。

知念:初めまして、埼玉医科大学病院リハビリテーション科助教の知念亜紀子と申します。私は山形県出身で現在勤務中の埼玉医科大学の医学部を2003年に卒業しました。臨床研修制度が開始される前の年度に卒業しましたので、卒後すぐ、埼玉医科大学病院のリハ科に入局し、2009年にリハ専門医を取得いたしました。専門医を取った年に結婚して、いま5歳と3歳の男の子の母としても奮闘中です。出産後、育児休暇は1年ずつ取り、その後大学病院へ復帰し、現在に至ります。

出江教授:最短の時間で専門医まで取得してますね。

知念:いま専門医を取ってから7年目、医師としては13年目になります。

司会:続いて冨口(砥上)若菜先生の自己紹介をお願いします。

冨口(砥上):熊本大学医学部附属病院リハ科助教の冨口(砥上)若菜と申します。医師としては12年目になります。卒後、私の学年から臨床研修制度が始まりまして2年間は熊本大及び熊本大関連病院の様々な科で研修した後、3年目で整形外科に入局しました。変性疾患及び外傷を中心に勉強した後、熊本大大学院に進み整形外科学分野の基礎研究を行っておりました。大学院卒業後1年間は熊本大救急部で勤務させて頂いておりましたが、平成26年度から大串幹先生のもとでリハ科専門医を目指して日々勉強させて頂いております。

司会:では出江先生に今の役職や仕事の内容を教えていただきたいと思います。

出江教授:大学院重点化というのがありまして、大学の組織としては1つの部局というのは研究科が単位になりました。従来は医学部の上に大学院が乗っかっているというイメージだったと思うんですけれども、僕の理解では大学としては大学院が1つの単位で、その下に学部があるということですね。研究科によっては、独立研究科というものがあって、学部を持っていないんですね。私が担当している医工学研究科も独立研究科です。学生の多くは工学部から来ます。私の職務は医工学研究科という独立研究科の科長が本務で医学系研究科教授を兼担し、大学病院を兼務しているということになります。大学病院では肢体不自由診療科のリハ科の科長で、加えて医学部の教員として学生の教育をやっています。

司会:冨口(砥上)先生、同じように大学にいる医師として仕組みはいかがですか。

冨口(砥上):熊本大とは少し違うなと思います。さっき見学させていただきましたが、東北大は想像以上に素晴しい実験用の機械設備の数々が整っており、とても驚きました。また、熊本大学ですと医学部と工学部は少し離れた別々の敷地に立地している為、工学部と共同研究を行わせて頂いている際にコンタクトが取りにくい時もあります。

出江教授:東北大学の工学部出身者は本当に頭がよくて、その人たちに医学の基礎からちゃんと教えています。分子生物学、それから基礎の生物学、細胞の話を教えて、それから臓器とか器官とか病気の話を教えてということで、医学部の授業をギュッと濃縮して1年間で教えています。

冨口(砥上):1年間でですか。工学部の方が医学の基礎から病気の事まで膨大な量を1年間という短期間で学ばれているというのは凄いですね。

司会:その中での先生のリハ医としての立場というのはどういう感じなのでしょうか

出江教授:それは肢体不自由リハ科の科長の仕事で、患者さんを診ること、それから医局員もいまして、うちは准教授が3人いますが、医師は一人で、ほかに臨床疫学の専門家ともう1人はリハ工学が専門です。講師は脳外科出身の医師です。それから助教が4人、2人は医師です。1人はリハ科専門医、1人は神経内科出身です。心理系の脳科学者と音楽療法を専門にしている看護師もいます。医員の1人は、脳外科から来たばかりです。また、大学院生と埼玉医大から来た後期研修医がいます。今、医者の仕事の部分としては病院のマネジメントをして、新しく来た人たちを専門医になるまで教育をするということですね。

司会:出江先生のインタビュアーの先生のころはどのような仕事をなさっていたのですか。

出江教授:経歴を少し説明すると2年間は研修ですね。慶応を出てすぐに入局して、千野先生はその時はまだ講師でしたけれども、2年間は外が多くて、8カ月が整形外科で、8カ月が内科で、8カ月がリハビリ。内科は4カ月が呼吸循環器で、4カ月が神経内科。リハビリは4カ月が大学病院で、4カ月が月ヶ瀬リハビリセンターですね。こういう研修を終えて3年目から国立療養所村山病院に行って脊髄損傷の病棟でリハビリと尿路管理を担当しました。

そこで2年間やって、5年目が藤田保健衛生大学の七栗サナトリウムが第四病院として開院して、そこで1年間やって、その後3年間月ヶ瀬リハセンターにいました。そこで動物実験をやって学位論文を書いて、静岡市立病院へ移動して心臓リハを担当しました。そのあと、アメリカに留学しました。ケスラーリハビリテーション研究所というところで、ニュージャージー医科歯科大学の附属のリハビリ施設です。デリッサ教授がトップでした。その時に准教授でフィンドレーという先生がいて、経頭蓋刺激をそこで研究しました。ケスラーとNIHとが共同で、その当時切断の患者さんの運動をマッピングする研究もしていたので研究設備が整っていました。1年間そこにいて戻ってきて、12年目で慶應大学病院に助手で戻って、13年目に東海大学に赴任しました。その頃は専門医資格があり、学位の仕事も終わっていて、大学での教員として仕事をしていたということですね。

司会:学生を教えたりとか、臨床ををやりながら・・。

出江教授:そうですね。東北大学に来て、今13年目ですから、冨口(砥上)先生方が医者になった時にはこっちにいたわけです。


リハビリテーション科医師を目指す

司会:少しプライベートなことも聞いてもいいですか。冨口(砥上)先生は結婚の予定はありますか?。

冨口(砥上):いま婚約中です。

司会:どうしてリハ科を選択したのですか?

冨口(砥上):整形外科ではどうしても手術中心となり、リハも急性期の運動器中心となってしましまい、その後のリハ経過も見る機会が少なく心残りだったのですが、リハ科では疾患のみならず障害とそれに関係する環境を考慮し、将来の生活を見据えて取り組む事ができ、幅広い視野・視点で勉強できる事からリハ科を選択しました。

司会:出江先生のように本当に分刻みのスケジュールみたいな感じですと、結婚後に時間が取れるのか不安はないですか。

出江教授:生活面は、一緒に家族旅行とかいうのはないんですよ。この間、娘がもう就職してますけれども、彼と、まだ結婚してませんが、彼とホームセンターかなんかに買い物に行って違和感があると感じたんです。それはどうしてかと言うと、うちはこういうのは無かったというんですね。ああ、そうかと思ったんですけど、でもまあ留学してた時の1年間は家族で行きましたので、一番下の娘だけまだ生まれていませんけど、夫婦と上の女の子と下の男の子の4人で行きましたから、ここはずっと一緒で買い物も旅行もよくしたんですけど、多分そこは記憶にないんですね残念ながら(笑)そういうことですね。こっちに来てしまうともう全部別のことになってしまうので、入学式とか卒業式とか、学校行事なんかはそれぞれの子で、中高で1回という感じですかね。

知念:私の場合は、主人も大学病院の内科勤務のため、当直が入って、休みが合わないということがしばしばありました。しかし、お互いに相手の仕事を理解し、尊重していましたので、不満はなかったです。妊娠・育児に関しては、主人も私も実家が遠方なため、両親の助けはあてにならない状況で、子供が急に熱をだしたりすると、担当外来を変わってもらったりと、周りの先生方のおかげで、育児中の現在も仕事を続けることができています。子供達と接する時間は専業主婦の方々よりも少ないと思いますが、時間が少ない分、接することができる時間は集中して、子供達と向き合う「量よりも質」を心がけて育児をしています。子供達にはさみしい思いをさせることもありますが、私自身、子供達に力をもらっていますし、とても感謝しています。

司会:東北大学には病院の職員のための保育園があるんですよね。

出江教授:星の子保育園と言っています。

知念:埼玉医大にも併設されておりますが、定員はいつも満員状態です。

冨口(砥上):知念先生は現在、当直業務はされておられますか。

知念:今は当直を免除していただいています。夫も忙しい科ですし、実家も遠方ですので。しかし、学会発表などで出張する際には、主人や実家の両親にスケジュールを合わせてもらい、助けてもらっています。

司会:肢体不自由分野への女性医師の入局希望があったら、どうなりますか。

出江教授:今までは奥さんも医者で夫の方が家庭をやる医局員がいたので、子供がちょっと調子悪い時はうちの医局員の方が休んでやってました。

知念、冨口(砥上):おー!

出江教授:それから後期研修医が結婚したばかりです。いまちょっと前にいた人は旦那さんの仕事の関係で、ちょっと遠い郡山にお住まいがあったので、こちらの当直勤務とか勤務時間帯を少し配慮していました。

司会:郡山ですと通勤時間は40分ぐらいですね。

出江教授:ですので医員のポストであればかなり上がカバーしますので、大丈夫だと思います。大学としては女性教員を増やさなければいけないということがありますが、今後助教の医師で結婚されてる方をどう任用するかは仕事の分担をどう振り分けるかが課題ですね。臨床業務だけではなくて助教になるとかなり教育研究が入ってきますので、そこをカバーすることは多分難しいですけれど、考えないといけない。仕組みを作らないと女性教員が増えないですから。

知念:国立大学の場合は教員の採用人数が決まっているということですよね。埼玉医大は育児中の女性教員に対しては、勤務時間や待遇が優遇される勤務制度があり、とても助かっています。

出江教授:教授が自分の診療科の中でマネジメントを無理して多分それぞれやってると思うんですよ。


リハビリテーション科の魅力

司会:リハ科の魅力について話しましょう。

知念:リハ科の講義というのは何コマぐらいあるのですか。

出江教授:全体で、前は12コマあったんですけど、今は10ぐらいじゃないですかね。ぐらい と言った理由は、前はリハビリとして1つあったんですけど、今は私たちが担当するところが4コマあって、それ以外に内部障害系のものがあったり、個人機能障害系のものがあったりして、ブロックに分かれたんですね教育を。科で分けるのではなくて内容で分けるようにしたので。それで私たちが担当する部分は4コマ、その中でやってきているのが脳卒中はもちろん教えて、脳外傷を教えて、脳性麻痺、義肢装具、それから地域医療、地域リハ、こんなところです。

知念:私が医学生の時はリハ科が担当する講義が少なかったので、たくさんの講義があるというのはうらやましいですね。ですから医学部3年生の時にリハ科に入局という発想はなかったと思います。

冨口(砥上):そうですね、私も医学部生の時にリハ科の授業数が本当に少なかったいということもあるのですが。

出江教授:でもやっぱり研修の2年間があるので、その間に変わりますよね。授業はあるんですけれども、実習も1週間できますが、それでリハ科は重要だし、面白いと思う人も多いと思いますけれども、そこで入局するかどうかはちょっとまた違いますね。

司会:入局となるとどういうところが決め手になるんでしょうかね。

出江教授:そこはよく分からなくてですね。僕は自分で決めて入局してますけれども、むしろ周りが反対しましたので。

司会:どうしてでしょう。

出江教授:個人名は出せないですけど、先輩に、リハ科の医局にいる先輩ですよ、「行きたいんですけど」と言ったら、僕は楽しいけど人には勧めないと言われました。ちょっと上の先輩に、「えー、来るの?辞めた方がいいよ」と医局の人が言うわけですよね 。どういう風に医者として働くか分からないから両親も反対して。それでも面白いかなと思って入局していますので、自分で決めるもの、そういうふうに関心を持ったら決めるものだと思っていますから、なんか飲ませて入局させるとか(笑) 、そこはちょっとよく分からないです。

司会:それはあまりよくないと思いますよね。

知念:臨床実習中の医学生さんやリハに興味がある研修医を学会に一緒に連れていくことはリハ医学の魅力を伝えるためには有効な手段だと思い、試みています。

司会:やっぱり働くのをみて、仕事が面白いからリハ科に進みたいと思ってくれるのが一番いいような気がします。

出江教授:この領域が面白いと思うからであって、そこの医局が居心地がいいとかね、なんか人がいいとか、そういうことでは決めてないので、自分がね。

司会:先生どういうところが一番いいと思ってリハ科を志したのでしょうか。

出江教授:まあ自分でやれるというところ。自分で創り上げて行けると思ったからですね。

司会:パイオニアですね。

出江教授:パイオニアは千野先生(註:千野直一慶応義塾大学名誉教授)だし、それを越えるのは恐れ多いですけど、千野先生も自分で切り開いてきたので、あんなふうになりたいなと思ったんですね。

司会:今もまだそういうふうに思って入局できる時代でしょうか。少し心配です。現在医学生たちがまだと言うのは変ですけども、出来上がった中に入って行くという感じではないですよね。

出江教授:学問としては全然まだ未開拓です。よく見てほしいのは、あらゆる学問と産業がリハビリテーションの方に押し寄せてきているのが分かりますかね。それに対して僕たちは何もしないとは言いませんけれども、ちょうど開国した日本のような状況だと思います。智恵を絞ってその人たちと渡り合って、全部持って行かれないようにしながら、でも利用すると。得られるものは取り入れて行く。そういう開国の時代だと思います。リハビリテーションが鎖国して、他の国からの関心を持たれなかった、学問としてもね。でも非常に大きな金鉱が埋まってる、資源がたくさんある、そういう肥沃な土地だと言うか、未開拓であらゆる学問がそこに集中してきていますよね。産業も注目している。そういう状況です。そこにおずおずと、「いいんですかね…」みたいな話でやって来ると、蹴飛ばされると思いますよ。ものすごい勢いで世の中が動いているので。幕末の志士はテレビのイメージしかありませんけど、あんな感じで切り開いて行くという姿勢でないと、なんか弾き飛ばされると思います。リハビリテーション以外から来た人たちに。

冨口(砥上):確かに、まだ1年数ヶ月で恐縮ですが、実際にリハで働いてみると、整形外科側から見ていたリハビリテーションのイメージとは良い意味で違いました。臨床だけでなく研究分野に関しても、リハ科は全科に関係するので、幅広い疾患や障害に対応した視野・視点で勉強する事ができ、本当にリハ科に進んで良かったな、と思っております。学ぶべき分野、範囲が広すぎて1日24時間でも足りない、と思う時もしばしばありますが、リハ科の中での専門を絞る際においては選択肢が広くてとても良いのではないか、とも思います。これらの事が医学部生に伝わっていくと良いな、と思います。

出江教授:どう伝えるかが難しいんですよ。分かりにくいですよね。神の手みたいな話ではないので。

司会:そうですね。

出江教授:進歩したからこそ出来ることというのは選択肢がぐっと拡がって、ますます冨口(砥上)先生がおっしゃるように広いんですよ。ある程度整形外科でしっかりやった人だからこそ多分それがよく見えてると思うんですよ。面白いというのはね。こういうことを学生に伝えるのが難しい。何も知らないので。整形外科とかいろいろな循環器内科とかもカテーテル入れたりするのも飽きたでしょうという感じの人に見せると、なんでこんなに残ってるんだと思いますね。脳外科医とか、神経内科とか。何よりもリハビリテーション学会が世界のニューロリハがここまで大きくなっているというのは、別にリハビリ科の医者が頑張ってるんじゃなくて神経領域の人がどっと押し寄せているんですよ。ラストフロンティア、眠れる獅子と書いてあったかな、ネイチャーかなんかに。

知念:私もリハビリテーション自体が医学の進歩のみならず、科学、工学等の進歩に伴い、ますます拡大していく可能性に満ちており、さらに現時点においても未開拓の部分が多い分野だと思います。その分野を開拓し続け、研鑽をつまれてきた出江教授にお聞きしたいのですが、若い時にこれをやっておいた方がよいということはありますか?

出江教授:まず、20代できちんと目標を定めるべきです。東海大学の創始者の松前重義さんが教育熱心な方で、言葉を残してますが、若い時にちゃんと勉強しろと。知識を蓄えろと。それから勉強するだけ、知識を蓄えるだけじゃなくて思想を持てと。何のためにそれを使うのかという思想を持ちなさいと。それから体力を鍛えよ。身体をちゃんと鍛えよと。そして4つ目が「若いうちに汝の希望を星につなげ」という言葉を残していて、若い時にちゃんと自分の目標というものに合致することにつながる感じですね。20代の時にもう自分が30年後に何をしていたいのかということを目標として定めるべきですね。

知念:なるほど。私の恩師である埼玉医大リハ科教授の間嶋満先生も若い時に定めた目標・ライフワークを現在も突き進めており、軸がぶれないお姿と先生の今のお言葉は重なる部分が多いなぁと思いました。私はもう30代後半の年齢ですが、確固とした目標が定まっていません。出江先生はどのような目標をお持ちでいらっしゃるか教えてください。

出江教授:30年後も新しいことを見つけて行く姿というのを設定したわけです。今やろうとしていることは、脳科学者とそれからシステム工学者と、それからリハビリテーション医学との三者で新しい学問領域を作ろうとしています。脳科学の知見はもちろんいっぱいたまって来ているんですけれども、それを単純にリハビリテーションには使えないですね。その間を結ぶものとしてシステム工学者に入ってもらって、脳科学の知見からリハビリテーションにつながる治療の、あるいは障害のモデルというものを作って、それに基づいた、モデルに基づいたリハビリテーションを作るということです。その切り口として考えてるのが脳内身体表現です。

知念:脳内身体表現という言葉は初めて聞きました。

出江教授:脳の中にある中枢神経系の中にある身体の仕組み、この一次運動野のホモンクルスがあるのはご存じでしょうけれど、自分の手を自分の手という所有感を持てるという、身体所有感とか、それから確かに自分の手がこれを動かしたという運動主体感ですね。これを生んでいる脳内の神経基盤を明らかにすることが出来れば、それの回復をリハビリテーションのターゲットにできる。今はただ単に動かないからよく動くようにということですけど、でも中枢神経系の障害は先生方ご存じの通りそういうものではないですよね。動かせる感じというのは患者さんが本当に自分の手をどう動かしていいか分からなかったのが、その繋がりのような感じを持てる回復の過程の瞬間があって、その実態が何なのかということを明らかにしたい。そのためには外から呼んで来なければ駄目です。リハビリテーション医学だけで鎖国のようにしていては駄目で、外からなおかつ対等にやって行く。

知念:先生のお話を伺って、改めてリハビリテーションは多様性、柔軟性に富んでいて、面白い・新しいと思えることがたくさんある分野だと再認識しました。でも、一緒にこの分野を掘り下げる仲間が少ないという現実があり、悩みでもあります。

司会:今まで授業として臓器別に分かれている授業のスタイルから言うと、ちょっと分かりにくいのでしょうか。

知念:仲間をふやすため、少しでもリハビリに興味のある若い医師を探した方がよいのか、あるいは興味を植え付けるように学生の内から指導していくのがよいのか・・・

冨口(砥上):出江先生のように整形外科や神経内科、脳外科等のリハビリに近い分野で活躍されてきた方でリハビリに少しでも興味を持っている方を積極的に勧誘する方法もリハ医を増やすためによい方法だと思います。

出江教授:それはひとつの大事な道筋ですよね。あとこれだけ回復期病棟がたくさんあってでもリハ科の医者が充足しないで不十分な状態になっているということを目の当たりにすると、ちゃんとお医者さんをそこに配置しないと患者さんがよくならないし、もうちょっと言うと回復期病棟とか大学病院でよくした患者さんが地域に戻って行くわけですから、地域にいい先生がいなければ、せっかくの治療、リハビリテーションが活きないですよね。ですからやっぱり他人事ではなくて、勧誘しなければという問題意識は理解できるんですよ。その時に一方でちょっとこうリハ科医として、なんかリハビリテーション科の仲間を増やしたいという感じだけだと、つまらないなと思うんですよ。自分の仲間を増やして利益をリハビリテーション医学会の方へ誘導するためというのは。

司会:言葉は悪いですけど権力を拡大するためにリハ科医を増やすという感じですか。

出江教授:それを拡大して行きたいという発想は副理事長としてはそう言っちゃいけないんですけど、つまらないなという感じはしますね。学会の執行部としては圏域を増やさなければいけない、拡大しなければいけない、多分自分の仕事だと分かってますけれども、一方でどうして若い人に勧誘するのかという時に、そこから自分の中であまりモチベーションが湧いてこない。リハビリテーションは素晴らしいから神経内科医にも分かってほしいし、医工学分野の人にも分かってほしいというモチベーションはすごくあるんですよね。だから教育やるわけですよ。でも、なんとか医局員を増やしたいというようなモチベーションがあまり・・。

司会:今のリハビリテーションの素晴らしさを理解してほしいということとリハ科医師を、医局員を、増やすというのは次元が違うという感じがしますが。

出江教授:それもね、診療科の科長としてやっぱり言ってはいけないことで、医局の中の会議の中ではここを僕の任期のあと残りの中の最大のミッションは、東北大学の医学部出身者を入局させることだというふうに言明しました。医局の中の会議で。それはやっぱりやらなければならない仕事なんでね。さっきのリハビリテーション科の圏域拡大も執行理事としての仕事なのでやらなければいけない。でも自分が若い時に描いた30年後の自分がやってきた仕事とはちょっと違うわけです。仕事と労働と活動の違いってわかります?

司会:仕事と労働と活動ですか。

出江教授:これも多分正解ということではなくて、受け売りですけどハンナ・アレントという政治哲学者がいて、本を読むとそういうことが書いてあって、僕の本を読んでの理解は労働というのはお金の対価ですね。仕事というのは簡単に言うと職人仕事で自分の技術を磨いて行って世の中で使えるような道具を作っていくようなもの、それが仕事。活動はもうちょっと自由で簡単に言うと芸術に近いものですね。だから自分が今やってることが労働なのか仕事なのか活動なのか、ちょっと切り分けて考えると、少し気が楽になったかなと思うんですよ。これは自分の労働、あるいは仕事としてやらなければいけないんだなと思っていることと、自分の人生としてやって行かなければいけないことが一致しないとちょっと苦しいというふうに思っていた時期があったんですけど、違うのでいいのかと。これは仕事だと、労働だというふうに切り分けてやると少し気が楽になる。

冨口(砥上):先生方のお話をお聞きしていて思ったのですが、これまで私も医学生や他科の医師に直接アピールしなければならない、と考えていました。しかし改めて考えてみると、リハ科はどうしてもありとあらゆる全ての診療科と切り離せないところに存在しており、我々が診療を行っていく中でリハ科だけでは済まされない。もちろん、他科が主治医の場合も多いと思いますが、目の前の患者さんのADLを向上させる為には、他科の医師と関わり合いながら、共に相談、介入していく必要があると思います。その中で、リハ科医と他科医師がお互いの専門分野の知識を出し合い、協力しながら一丸となって患者さんに向き合っている姿を、他科をローテーション中の研修医や実習に来ている医学部生に見てもらう事で、間接的にリハ科をアピールできるのではないか、と思いました。うまく言葉にして言えないのですが、それにより、研修医や医学部生に間接的にリハ医の存在・意義を認識・理解して頂く、というアピールの仕方もあるのではないか、と考え直しながらお話しを伺っておりました。

出江教授:今の仕事の仕方がありますからね。

冨口(砥上):研究も含めリハ医の仕事ぶりを、間接的に研修医や医学部生はきっと見てくれていると思います。その中で、「リハビリテーション科っていいな!」と思ってくれて、リハ科を目指してくれる人が出てきてくれたら嬉しいな、と思います。


コーチングとリハビリテーション

司会:RJNの他の世話人の先生からコーチングのことを聞いてくださいと言われまして、にわか勉強して来ました。リハビリテーションとコーチングをどういうふうに捉えたらいいのか教えてください。


出江教授:コーチングは特別な、それほどのものではなくて、非常にマネジメントに長けた人材育成能力の高いマネジャーとか上司とか社長とかがいて、その人たちの取っているコミュニケーションのスタイルというのがあって、それを体系化したものだと僕は理解しています。もともとはスポーツの領域でコーチがいたり、それはどっちかと言うと教えるコーチだったりしますよね。

ビジネスのコーチってアメリカが初めの頃で、90年代の多分前半ぐらいだと思うんですけれども、企業のトップがコーチを付け始めたんですね。スポーツのコーチでもそうなんですけど、このあいだ聞いた話では吉井投手が大リーグに行ってしばらくコーチが何も教えてくれないので、なんでコーチしてくれないんですかと聞いたら、コーチというのは教えるんじゃないんだよと。君のことを一番よく知ってるのは君なんだから、君がまず僕に君のことを話してくれよと言ったんですって。ですからコーチは教えるんじゃなくて聞くのが仕事なんですね。聞いて、その人が持っているものを引き出してくれるのがコーチということになります。

この手法は非常に有効で、人材育成にももちろん使えますよね。僕はここでは研究室のマネジメントにも使いますし、それから学生教育にも使います。ただ学生教育がちょっと難しいのは、初期段階は教えてあげなければいけないので、教え込むわけですね。そこを過ぎて自立してくる段階、つまり博士の後期課程ぐらいになると自分で問いを探さないといけないので、その人たちに教えてもしようがないというか、あまり意味がない。引き出さないといけないから、あなたが持ってる問いは何ですかということを引き出すのが教授の仕事ですよね。テーマを自分で決めるので博士課程は。そこでコーチングを使う。ただ前期課程は研究の仕方を教えなければいけないので、どちらかと言うとティーチングになると思いますね。

あとは病院もチーム医療ですね。こちらの方には使えていて、研究として医療安全にも影響するだろうというところまではわかって来ました。だから最初は医療面接で使うということを研究としてやっていて、医療従事者にコーチングを教えてアウトカムにどう影響するかという研究をして、次に病院組織の中にコーチングのコミュニケーションを導入して組織の活性化と医療安全にどれくらい影響を及ぼすかと、ここまで研究してやってきました。やはりいいだろうなというふうに思ったので、医工学研究科の方では医工コーチング概論、医工を付けなくてもいいんですけど、コーチング概論を2単位分ですから15コマ教えています。学生から大変好評で人生の目標をちゃんと設定できたとか、そういうことで前期課程、つまり修士課程の学生にコーチングを教えています。

司会:他学部の卒業生ですね。

出江教授:今も覚えています。リハビリテーション科への必須の技能の1つだというふうに僕は認識しているので、年に1回2日間かけて実習研修会を開催しています。

知念:研修会カレンダーでお見かけしました。

出江教授:もし興味があれば1月終わり頃にやりますので、ご参加ください。毎年やっています。

冨口(砥上):具体的にどういう事が学べるのかな、と私も興味を持って見ていました。

出江教授:実習担当者としてどうかという言い方ですけれども、2日間でコーチングをできるようにはならないです。研修で身につけるものではなくて自分で使ってみて身につけるものなので、学生に教えている15コマの講義は教えて次の週まで実践して、また教えて実践。それを繰り返して15コマですね。2日間教えても使わなければ意味がないです。


今日のインタビューを振り返って

司会:そうですね。そろそろ時間ですので、先生方からひとことずつお願いします。

冨口(砥上):今日はリハビリテーションの基礎から臨床、コーチングのことまで幅広く伺えて非常に勉強になりました。今日の貴重な体験(施設見学など)や学んだ事を今後の糧に、更に深くリハビリテーションを学んでいきたいと思います。これからもよろしくお願いします。

出江教授:はい、聞いてくださってありがとうございました。

知念:今日はどうもありがとうございました。出江先生に「カツ」を入れていただいた感じです。リハ医を続けるにあたって、目標を持ってやって行くということがすごく大事であることを痛感しました。本当にありがとうございました。

司会:出江先生、最後にこのインタビューを読む学生と若い医師へのエールをお願いします。

出江教授:私は恩師に恵まれ、よき先輩に恵まれ、同僚、後輩にも恵まれ、これは医局の中でも、病院の中でも、スタッフの人たちも含めてそうでした。今、自分のやりたいことをやってきて、よかったな。リハ領域の開国の状態ということをひしひしと感じていて、すごく面白いと思います。やったことが早いうちに形になって世の中に還元できる、このタイミングを逃すと、世の中の状態が固まってしまうと思うんです。制度や、学問の領域も流動的になっている中で、時間が経たずに実現できる時代なので、あまり狭いところでうまく利益を得ようとか、おいしいことをしようとか思わないで、自分が本当に生き生きとしてやれることは何なのかというところに入って行くと、非常に面白い領域だと思いますね。

知念、冨口(砥上):今日はありがとうございました。

 

司会を終えて

インタビュー前に東北大学内を出江先生のご案内で廻りました。新しい校舎はスタイリッシュでオープンスペースがとりいれられていますし、動物実験用のMRI、手術室など新しい試みに目を見張りました。3.11からすでに4年がたちました。杜の都仙台は復興というより、新生という言葉がふさわしいように姿を変えています。障害を得た患者に対して新しい価値を見出すリハビリテーションを一緒に考えていきませんか。現役リハ科医師の発言から医学生や研修医の皆さんにもリハビリ科の魅力を知っていただきたいと思います。