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リハビリテーション科女性医師ネットワーク(RJN)

第14回「この先生に聞きたい!」女性リハ科医キャリアパス

日時 2015年12月18日(金)16:00~18:00
場所 東京慈恵会医科大学病院 リハビリテーション科教授室
ゲスト 安保 雅博 先生(東京慈恵会医科大学リハビリテーション医学講座 主任教授)
インタビュアー 大橋 鈴世 先生(京都府立医科大学)
山田 彬子 先生(名古屋大学)
司会 浅野 由美(RJN世話人 千葉大学)
オブザーバー 藤谷 順子 先生(RJN世話人長 国立国際医療研究センター)

リハビリテーション科へ進んだきっかけ~東京でしか学べないこと!?~
リサーチマインドが育つ環境
勉強法の工夫
人・場所・チャンスの活かし方
リハのこれから
インタビューをふりかえって

司会:今日は第14回目のRJNインタビューで、ゲストに東京慈恵会医科大学病院の安保雅博先生をお迎えしています。司会を担当します千葉大学の浅野と申します。また、RJNから国際医療研究センターの藤谷先生もオブザーバーで参加しています。

それでは、まずインタビュアーの先生方より自己紹介をお願い致します。

山田:名古屋大学の整形外科で研修医を終えたばかりの3年目になります山田彬子と申します。よろしくお願い致します。3年目と言いましてもすぐに産休に入ってしまいましたので整形外科もほぼやってないような研修医のような感じです。

大橋:大橋です。京都府立医大出身です。私も2月までは整形外科をやっており3月からリハビリテーション科に移りまして医局長をやらせていただいております。

安保:よろしくお願いします。


リハビリテーション科へ進んだきっかけ~東京でしか学べないこと!?~

大橋:まず、安保先生がリハビリテーション科を選ばれたきっかけを教えてください。

安保:慈恵医大のリハビリテーション医学講座が開設して27年目になります。私の経験ですが、自分が学生の時にはすでにリハ医学講座があったので、脳卒中や切断、高次脳機能障害などの授業を受けることができましたし、ポリクリもあったので、普通の科のひとつ、という土壌がありました。やはり教育はとても大切だなと思いますね。

山田:それらを見られてリハ科を選択されたのでしょうか。

安保:そうですね。学生の時から障害者を対象とした分野に進みたいと思っていました。当初、父が外科医だったので、外科や整形外科を考えていました。また、出身が三重県で長男なので、卒業して三重大で研修しようと思っていましたが、卒業6年間の成績が通知されることを知り、やめました。父は三重大の1期生なのです。私は二浪ですし・・。なので、10年後ぐらいに戻ることにして、東京でしかできない事を学ぼうと考えました。リハの講義を受けていて面白かったこともありリハを選択することにしました。ただ、はじめに父にリハビリ医になると伝えた時に理解してもらえず、鍼医(ハリ医)と勘違いされましたね。でも、恐い父ではありましたが、父もリハ医学の事を調べてくれて、父の出した結論が、当時の三重県と東京では10数年の開きがあり、三重大では講座もないし、専門病院もないから、大いに学んで帰ってきなさい、でした。

大橋:それでリハ医学講座の米本恭三先生のところに決められたわけですね。

安保:そうです。今考えると恐ろしさを感じるのですが、当時、自分は相当焦っていたらしく、米本先生のところに行き、「私は三重県出身の田舎者ですが、長男ですので、10年ちょっとしたら実家に帰りたく思っています。死に物狂いで頑張りますから、この間に専門医と学位取らせていただいて、できれば留学させていただき、あわよくば講師にしていただいて帰らせてください」といいました。

山田:そんなことを言われたのですか?

安保:そうです。でもね、米本先生、私が話した後、僕の肩を叩いて「当然だよ、君」とおっしゃったのです。その後、父にこういった事があったと報告したのですが、「そんなこと言ったのか」と言われ、米本先生の反応には、「申し訳ないけど、よほど変わってらっしゃるか、とてもご立派な先生かのどちらかだ」と、父が東京まで挨拶に来ました。それで米本先生は本物の先生だから、死ぬ気で行きなさいと言われましたね。

山田:すごいですね。専門医をとられるまではどんな感じだったのですか。

安保:慈恵第三病院での9か月の研修を終え、すぐにリハ科に入局しました。10人目の入局員でした。いつも第三には数名しかリハビリ医がいませんでしたが、私にとっては良い環境でした。米本先生は整形外科の専門医でいらっしゃるけど神経内科の専門医もお持ちだったし、生理学で学位を取られているのです。二代目の教授となった宮野先生もおいででしたが、先生はアメリカでレジデントをされアメリカの免許をお持ちだったのです。リハ道を歩んでいた小林先生もおられました。人数は少なかったですが、全員、バイブルでしたので、いろいろな先生の所にくっついて学びましたね。研修の時にお世話になった他科の先生方もおられたし・・。

山田:そうだったのですか。とても良い研修ですね。

安保:米本先生はものすごく注射がお上手で、痛くない方法など教えてくれましたね。外来に付いて、ほんと随分いろいろなことを盗ませてもらいました。カルテの内容もです。ほんと数年間は、ヘ~、ハ~、ホ~の世界でしたね。今の若い子は先輩の診療を見ないですからね。とっても残念に思います。あと、患者さんへの説明などですね。ほんとうに素晴らしかったです。これは完全に、今の自分の基礎になっています。

大橋:先生は、わりと早く、留学なさったのですか。

安保:そうですね。卒後9年目、1998年4月からスウェーデンに留学しました。実は、米本先生は1998年3月に退官だったので御挨拶に行った際に「これで君との約束全部果たせましたね」とおっしゃったのです。さらに付け加えると、卒後6年目で学位を学年で1番早く取得しました。

大橋:入局前の約束を覚えておられたのですね

安保:そうです。なので教授というのは約束したことをきちんと覚えているという事が大切なのだなと感じましたね。さすがにその時は泣けてしまいましたね。でもね、「安保君、講師は10年以上たたないとどんなことがあっても無理なんだよね」と言われましたね(笑)。

ただ、学位も取って業績も沢山あるし留学して帰って来たら講師になれるように推薦はしておきましたから頑張りなさい、といっていただき、2000年6月に帰国して7月には宮野先生に講師にしていただきました。これも、学年でも一番早かったですね。御仕えした、米本先生や宮野先生もそうですけど、何がやりたいのかという事を聞いて下さって環境を整えていただいたという事が大きかったですね。環境を整えていただいた後にやるかやらないかはその人次第ですけど、上に立つという事はいかに人を見極めて、環境を整える事が大事かという事は教えていただきましたね。ですので、教授にならせていただいてからは、真似をして、入局してくる先生には必ず「何をしたい?」と訊いています。すごい事言う人もいますけどね。

山田:すごい事とは?

安保:「教授になりたいです」っていう人もいますね。

山田:そういう人にはなんと答えるのですか。

安保:持論ですが、臨床やっているからって研究できないとは俺の前では絶対に言うなといいます。リハビリ医というのは人一倍に働くのは普通であること、また色々なところでリハのPRもしていかなければいけないので、働いてなおかつ研究もして、書くものは書くという事ができるのだったら、強烈に環境調整をしてあげるといいます。あと、どうしても医者の友人ばかりになりがちなので、医者以外の信頼できる友達、不動産屋でも株屋でも、音楽家でも、ゲイの人達でもいいし、友達をたくさん作ってくれといいます。どうする?と聞くと「はい!!やります」というわけです。今年から学生時代に教えたものが、入局して専門医になりだしました。いよいよだと思いますよ、慈恵医大のリハビリテーション医学講座の神髄は。


リサーチマインドが育つ環境

山田:リハの研究とはどんなものなのですか。

安保:いい質問ですね。米本先生にリハって何ですか、と聞いた事があったのです。

もちろん患者さんの為ですとかそういったこともおっしゃったのですが、なかでも印象深かったのは「学問的にはどうなのでしょうか」と聞いたときに「生理学の延長」とおっしゃったのですね。とてもよい表現だと思いました。髪伸びることも、爪伸びることも生理に関わる事はリハ医学の延長になるのだという事をおっしゃったのは忘れられないですね。また、宮野先生も循環器の事やADLの事に関してなどさまざまな事やられていて面白かったですね。宮野先生は超のつく臨床家だったので、随分勉強になりました。ある日、宮野先生に「脳卒中の麻痺って本当に良くならないですね。どうしたらいいかわからないのです。」とお話ししたら、「そんなの教科書に書いてある」とおっしゃったのですね。けど、「でもやっぱり調べないといけないな」と言われ、ご自分で急性期の患者を診て、1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月の予後のデータを1000人近く出され、その後「安保、一緒だった」と言われて、やっぱりこうなるという事を自分の手で証明しておられました。全部、平然と自分でなさったのにはことには驚きましたね。リハはEBMがほとんどないから、自分で仮設たてていろんなことをやれる唯一の科であって、おもしろい結果が出ればそれも身になるという事を教えてもらいましたね。ものすごくいい環境で私は育ててもらいました。

山田:そうなんですか。すごいですね。

安保:ただ、今の若い子は割といい環境があるのにチャンスだってことに気付けてない子が多く、指示待ちな人が多い感じがします。リハ医は自分からいろいろと考えて沢山の人の協力を得てやらないと始まらないと思うのですけどね。

司会:若い世代として、山田先生はいかがですか。

山田:つかめる物があるなら、つかみたいと思っていますが、やりたい事は確かにぼんやりしている所もあります。

安保:リハは小児から老人まで幅広い領域があるので専門医とるまでは少なくともいろいろとやってくださいね。きっとこれぞというのが見つかると思いますよ。たとえば、うちの医局員の女医さんの一人は障害者スポーツがやりたいということになり、究極は何だろうということを考えたら、パラリンピックになって、今その方向に向かっています。彼女の努力そのものの結果ですが、とてもうまく進んでいますよ。ロンドンも、テグも行きましたしね。ちゃんと夢に向かって、希望を言ったりして凄く努力している人にはいろいろやってあげるのは大事だと思います。中には口だけの人もいるのでそこはちゃんと見極めないといけませんが、頑張ってちゃんとやっている人は伸ばしてあげないとね、埋もれている人もいますからね。中途半端に出ても叩かれるから、むしろ出すぎてくれと言っていますね。

司会:中途半端はダメなんですね。

安保:そうそう中途半端は困るから、やらないほうがいいですね。たとえば、うちの渡邉教授は脳外科から転科されたのですが、その当時、高次脳の評価が当時あまりなかったのです。WAIS-Rを頭部外傷の人の評価にして、社会復帰に繋げることをやり始めたのですね。当時一緒に働いていましたが、「安保ちゃん知らないと思うけど、こういうのは3年やり続けると第一人者になるんだよ。」といって、発表や論文などすごい勢いでされていました。今や東京都や日本の高次脳の中心人物ですものね。いい例だと思います。


勉強法の工夫

大橋:転科される人に何か注意点などありますか。

安保:やる気があれば何でもいいじゃないかな、と思います。しかし、リハ道を極めるなら、転科は、できれば早めの方がいいかなとは思います。10年超えるとちょっとつらいかもしれません。

大橋:私もちょっとつらいです。

安保:やっぱり、あるでしょ?考え方なんだと思いますよね。考え方が身についてしまっているので、10年超えると難しいですね。10年超えてリハ医になった人と話をすると、急性期で命を助けたのだけど、今後どうなるのかって考えたら不安になってリハ医になったという人も多くいます。そういう人達の出身大学にはほとんどリハビリ講座がないのですよね。リハビリ講座があってはじめからちゃんと教育を受けていたら全然違うんですよね。だから、学生時代にリハの真の教育をしっかり受けて、そして他科に進んで、専門医を取られて転科するならいいと思いますが、そうでないなら10年目以内に転科しないと他科の考え方が染み込んでしまいますよね。

大橋:他科に入り込むというのがスタンス的に難しいのです。向こうの目線で見てしまいますので、これに介入してしまっていいのかなと一歩下がってしまいます。治療とかそっちのすべきことをどうしても考えてしまうので、リハですべきことの前にそこをしないと心地が悪くなるので・・。

司会:大橋先生も山田先生も整形外科以外の分野はちょっと不安があるそうなので、どうやって勉強したらいいか、アドバイスをいただけると嬉しいです。

安保:手っ取り早いのは、学生を教える事だと思います。身になりますよ。辛いですがね。やっぱり人に教えるという事は自分が理解してなくてはならないですから。なので、若い先生に専門学校の授業をやらせるようにしています。僕は上司の大橋先生がやはりそういうお考えの方でしたので3年目ぐらいに神奈川リハ病院に行ったときに看護学校の講義をしました。最初は1コマ90分で、脳卒中リハについてしゃべって、ふと時計を見るとまだ15分しかたってない(笑)。面白くしゃべらないと寝ちゃいますし、テストのときに変な回答を書かれるのも嫌なので、いろいろ工夫しました。自分の教えたとおりに回答書いてくれたり、成績が良かったりすると嬉しいですね。そういった楽しみ見つけながら教えたりしていましたね。バイブルは、上田先生の「リハビリテーション看護学」でした。これは本当に良かったです。何度も何度も読み、ほとんど覚えたくらいでした。あの当時、全然、よい教科書なんてなかったですからね。

山田:そうなんですか

安保:今、学校沢山あるけど、リハビリ医が教えている所ってあんまりないのですよね。昔気質の教え方をしていたり、内容も古いことを教えていたりするところもありますからね。なので、積極的に若手に教育の場を作っていかないといけないと思いますよ。

山田:どうやってリハの勉強をするのが効果的だと思いますか。

安保:恩師の宮野先生と大橋先生は、アメリカで苦労されていたので、的確に教えてくれましたね。「先生これ何ですかね」と質問すると必ず英語の本の何ページのどこどことすぐに教えてくれるんです。パッと本を開いてここに書いてある、なんて教えてくれるのですよ。そんな大橋先生に、どうやって勉強するのですか、と質問すると、僕の勉強法でいいの?と言われ、お願いしますといったところ、バイブル的な英語論文の100本ぐらいのまとめを見せてくれましたね。これには、ほんと驚きましたし、リハ科の医者がほとんどいない頃はそうやって勉強されていたんだなと思いましたね。真似したかどうかは、ご想像にお任せします。そのことを思えば、今は結構いい本が出ていますね。それだけ恵まれているなというのは感じます。

山田:自分のルーツ、バックグラウンドのところは得意ですがそれ以外の分野をどうやって勉強していくかというのが不安なんです。

安保:いろいろやるのはやっぱり専門医取るまでですよね。症例報告を積み重ねるのがいいと思います。専門医試験の時の症例提示など、自分が症例報告をした患者さんだったら、何を聞かれても怖くないですしね。あと、専門医になったらリハの中でも専門を持つわけですが、いつも医局員にいっていることは、できれば専門は3つ持ってくださいと・・頑張ろうと思うなら3つです。私の場合は、脳卒中、失語症、あとは医局管理ですかね(笑)。1つだけやると必ずこける場合があります。3つあると力の配分をして、こっち上手くいかなかったらこっちやって、どれかでいい成果があると他でもいい結果が出たりします。なので、辛いかもしれませんが3つ好きな事をやっていくと非常にいいです。若い者はすぐにわからないといいがちですが、いろんな考え方を教えてあげています。これ書くといいよ、とか、英語で書くといいよ、とか。そうすると気が付くと年間10本以上原著論文が出たりするのですよ。まったく分野はバラバラでも、最終的には考え方はつながっていきますから。おもしろいですよ。とっても。

大橋:とても参考になります。


人・場所・チャンスの活かし方

安保:大橋先生は府立でしょ?なんか光るものがないと府立なんて入れないでしょう。何かピカッと光る物持っていますからみんな。それをどうやって見つけるかですよね。この人しゃべれないけど、解析はすごいとか。

大橋:見る目が大事ですね。

安保:そういうのはやっぱりいろいろなことを話したり、あとは思い切ってこれぞと思う若い人を責任のあるポストに起用することだと思います。ポストは人を育てますからね。当教室では、医局長は将来有望な人には絶対やらせろと鉄則があるのですよ。2年間でいいので。持論ですが・・(笑)。

大橋:どうして2年間なのですか。

安保:いろんな人がいていろんな考え方があるのでそれを取りまとめるのは疲れちゃいますからね。だいたいうちは2年で若い人です。医局長の指名イコール有望視なのですが、皆、無理難題をやらされるので、よい顔をされたことがないです。人事もまず僕が決めないで医局長に振ります。そうするといい案が出てきたりします。

司会:先生のところは関連病院などたくさんありますが、何か基準などありますか。

安保:医局員のためにもいい病院と提携する事が大切です。いろいろありますが、結論的には、やっぱり即座に対応してくれるところがいいと思います。個人的な考えですが、今の時代、一つ間違えると病院は潰れます。民間ですごく頑張っているところはちょっと先の事を考えながらやらないと潰れちゃうから、いいものはいいと評価してくれるわけです。我々にとっては、一生懸命頑張っていることをそれだけ評価してもらえるから非常にいいですね。たとえば、今は女性の時代ですから子供産んで、早く働きたい人が多いわけです。人を派遣するから、託児所作ってくれと話したら、一週間後に作ってくれることもある。

また、うちのメリットは羽田空港や東京駅に近い事です。だから、全国各地それほど時間がかからなくて行けます。逆に言うと、リハは全国に困っている病院がたくさんあって、啓蒙しようとすればいくらでも啓蒙できるということです。リハをしっかりすると病院経営に寄与することも多いし、ますます需要が多くなっている状況です。

司会:経営的に寄与するということはどういうことですか。

安保:慈恵大学の附属病院は4病院ありますが、今勤めている本院は、自分が留学から帰って勤務した時には、PT8人とST3人しかいなくてOTがいなかったのです。入院も外来も合わせて訓練は100m²ちょっとのところでやっていて、リハなんて第三病院でやればいいと言われていました。平成14年に慈恵に大きな医療事故があって附属病院4つとも赤字になり、起死回生に何かないかという事になり、森山病院長が各科にヒアリングを始めたわけです。しかし、なかなか、リハ科にお呼びがかからず、ずいぶん経ってからやっと呼ばれて「君のとこ何かある?」といわれ、12月中旬に理事会でようやく20分ほどのプレゼンができました。そこでは、入院棟のウナギの寝床みたいな待合所をリハ室にしてOTを入れると収益が3倍になるとか、入院棟から外来用の訓練室までくるのに平均何分何秒かかるのが何分何秒になるから費用対効果が・・とか、補助員さんの仕事量の軽減とか、看護部と技師長と計算したものを言いました。そしたら、理事のみなさんに、「君ね、なんで早く言わないのだ」と言われましたね。

自分としては帰国してから数年間言い続けていたんだけど、それまでの病院長の判断では「時期早尚」だった。凄かったのは、当時の森山院長がよし、と印鑑を押してくれて12月の暮れから3月いっぱいの集中工事で4月から訓練室を使えるようにしてくれたことですね。そして、計算どおり事が運んだわけです。リハのよいところは、単位数で計算できるのでちゃんとやったらやった分計算通りいきますからね。訓練室が約3倍になったので、定期手術の整形外科は整形からリハオーダーをしてもらい、うちはそれ以外の事をやりますということにしました。そうすると外科などの術前の訓練とかもいっぱい入りだして、入院期間も短くなりすべて上手く回転しだし、さらに満を持して磁気刺激療法を開始して、ボツリヌス療法と続けるわけです。その後、葛飾医療センターの建替えとなったときにはリハは大事だから、と食堂の横の一等地をもらえたし、柏病院も建替えとなったときに大きくなったし、第三病院も建替えてPT、OT、STと離れていた訓練室を一緒にしてもらいました。やっぱり、収益にも直結することや病棟の回転に役立つことを見せると事務や看護部がものすごく協力的になりますからね。なかなか難しいですけど、数字で示してあげるのが一番ですよ。ほんと。まだ、昔の人はリハはもうからないとか敗戦処理と思っていますからね。そこは業績を見せつけてやらないといけないですね。

大橋:あと何かリハの凄さを見せられることはありますか。

安保:あとは訓練士と上手くやることです。お手本は、和歌山県立医大の田島教授のところですね。あそこの素晴らしいところはPT、OTなどに対して学士の課程を持っているという事ですね。優秀な訓練士を輩出して、その中でさらに優秀なのは博士とって、リハ医学の啓蒙に関与してくれればいいのです。

山田:今日はいいヒントをたくさんいただけたと思います。

安保:今がリハはチャンスですからね。いろんな所でリハ講座が出来ているので、リハ医学の教育が進んでいけばいいと思います。あとは、リハ医がどんどん大学なりいろんなところの経営の中心に携わっていくことがすごく大事です。附属病院でしたら、副院長や院長やるぐらい出世していかないといけないと思います。

藤谷:米本先生があの当時リハ科で院長をなさっておられましたね。

安保:そうです。第三病院での院長をされました。第三は大きく変わりました。非常にいろんなことされましたね。リハに関しては、リハを標榜科にされたのも米本先生でしたからね。泣いて喜びましたね。科研費も取れるようになりました。あれはうれしかったです。お金ないと研究できないですからね。

大橋:これから私どももいろいろなことをして、リハ科を発展させようと思っています。

安保:頑張ってくださいね。うちも宮野教授から継いだとき多くやめて医局員が20人ぐらいになりました。今はもう50人超えましたからね。2年生と4年生の授業、5年のポリクリ、6年の選択実習が主に学生と交わるときですが、その教えた学生が入局してくるのは研修医を終えてからですからね。それまでは辛いですよ。投げ縄のようにちょっと捕まえて、食いつなぐことが大事です(笑)。それと、うちもよその大学出身の人が多くいます。それはとってもウェルカムです。学閥なんてありませんからね。頑張る人が頑張れる土壌を用意してあるのでね。でも、楽をしようとリハ科を選択しているような感じを受ける人はご遠慮いただいてます。うちの入局の条件は、米本先生の時代から変わっていないですよ。ずばり、明るい事です。暗いとダメです。障害者に力を与えられないと意味ないですから・・。

司会:訓練士は大切だといわれていましたが、先生は採用にたずさわってらっしゃるのですか。

安保:勿論、おせっかいなので、面接からですが関与しています。おかげさまで、公募があるとPTの採用は何十倍にもなります。私は主に、面接で体育会系かどうか、明るいかどうかをチェックしています。本当に、うちのPT, OT, STは優秀なのがたくさんいます。4病院共通の評価表を作り、系統的にいろいろしていますし、教科書もガンガン書いていますし、この前も学会を開きましたし、すごいですよ。もちろん、実習に来る学生には大変厳しいです。厳しいとわかってきている人達なので、就職希望者に対してはより厳しくしてもらってその中でピカッと光る人がいたら絶対受けてもらっています。また、関連病院の先生方には、どうぞ、貴病院に必要な優秀な訓練士がいたらどうぞ引き抜いてくださいといってます。訓練士にも言っていますが、大学だから技師長は一人しかいないし、少なからず年功序列もありますからね。引き抜きがかかったら、自分で判断してもらって構わないからどうぞといっています。今度もOTのいい人が抜かれます。彼にとっては出世ですから。医者は引き抜かれると困りますけど(笑)。


リハのこれから

大橋:話は変わりますが、今年の漢字が「安」で、安保先生の「安」ですがいかがでしょうか。あと安保反対とかいっぱいプラカードみて胸が痛んだりされませんか。これだけは聞いて来いといわれましたので・・。

安保:昔よく「あぼ」の「ぼ」の点々とると「あほ」だねとか言われたり、安保反対・安保反対とか言われたりしましたけど、天邪鬼的な性格のせいか、何とも思わなかったですね。それよりも、今回の安全保障条約の件で、新聞の一面で、「安保法制定」と何回も出ましたよね。その時には流石に新聞を切り抜きましたよ。紆余曲折あったが磁気刺激やボトックスもついに認められたかと・・、「安保法制定」の見出しを、今度講演に使おうとね(笑)。

山田:先生の今年の漢字は何でしょうか。

安保:自分では「激」だと思っていました。テロもありましたし、悲しいことも楽しいこともいろいろありました。自分の事はさておき、リハにとってもしばらくは「激」が続く年だと思います。今度の4月の改正を皮切りに、ここ5年、10年ですごいことになると思います。正直、焦っている自分がいることは確かです。抽象的で申し訳ないのですが、ここで頑張れば勝てますし、頑張らなければ飲み込まれ消えてなくなるだろうと思っています。私は頑張るつもりでいます。打つ手は沢山ありますし、戦略もありますし、もう始まっていますから・・臨床も研究も大学も全部です。

司会:専門医制度も変わり、大学中心になるといわれていますがどうお考えですか?

安保:リハの重要性がもっと広まるのではないでしょうか。

司会:新専門医制度で?

安保:指導医1人につき2人しか指導できなく、6か月間は最低大学で見るわけですよね。逆に6か月間以外は全部外にいてもいいということですよね。専門医とるまでは、僕は大学は最低限でいいと思っています。それよりも外のいい病院、脊損に強い病院、小児に強い病院とかに派遣できるわけです。あとは給料の問題ですね。出してくれないところには派遣をやめればいいと思います。そういう風にすれば残っていくのはリハについて本気の病院ばかりになります。ですから僕はいい制度だと思います。あれは大学中心でやるべきですね。

山田:名大には整形外科はあるものの、リハの講座はもともとなくて、整形所属の先生でリハ科の先生が数人しかいらっしゃらなくて、勉強する所自体が少ないというか、私が興味があってもなかなかできないなというところが悩みです。

安保:そうですね、それは講座があったら一番ですけどね。講座を作ることはすごく大事だと思います。学位出せるという強みがありますから、人が集まりますしね。

山田:私の立場では講座は作れませんが・・。

安保:院長がその気になればできると思いますよ。聞いてみたら?

山田:アピールしないとですね。

安保:大変だと思いますが、よく若いものに話すときは、まず叩いてみろといいます。ほんと何事も動いてみないと始まりませんからね。女性だから言えるというのもありますからね。まあ頑張ってください。

司会:さあ、まだまだ伺いたいことはたくさんあるのですが、予定の時間を迎えてしまいました。最後に、本日のインタビューを終えて、インタビュアーのお二人から感想をお願いします。

大橋:今回先生にインタビューさせていただいて、先生のバイタリティというか、仕事に対する熱意には本当に感動いたしました。また、今後に役立つお話しをたくさん聞かせていただくことができました。自分のキャリアアップ、若手・学生の教育から研究、医局運営に至るまで、ヒントがありすぎるくらいで、ちょっと消化できるかわかりませんが、ぜひ参考にさせていただきます。もう明日からどんどん。本当にありがとうございました。

山田:お話を伺って、先生がとてもアグレッシブに活動していらっしゃるんだなと思いました。やはり目標を持ってそれに向けてがむしゃらに頑張るというお姿からそう感じたのかもしれませんが、リハ医の縁の下の力持ちというイメージが少し変わったように思います。下で支えているというよりは下から押し上げているようなイメージですかね。確立されてないからこそ、色々なことがやれるのだというリハの面白みを感じることが出来ました。また、個人的に印象に残ったのは3本の柱を持つのが良いと言うことでした。何でもバランス良くするのが必要なんですね。自分にとっての3本柱はまだはっきりしませんが、整形をやりながらリハのことも柱の1つにしていけたらいいなと思いました。

司会:今日は、安保先生ご自身のリハ科入局の動機から、リハ医学を学ぶための方法論・環境整備、医局運営、リハ医学界の未来のための戦略まで、多岐にわたり示唆に富むお話を伺うことができました。とても具体的ですぐにでも実践したいことばかりでした。安保先生、今日は本当にありがとうございました。

一同:ありがとうございました。


インタビューをふりかえって

年の瀬、クリスマスが近づいた東京新橋の慈恵医大本院で、安保先生のお人柄を映したような明るくモダンな教授室に場をお借りしてインタビューは始まりました。とめどなくあふれるエネルギッシュなお話に、インタビュアーも司会も圧倒されどおしの2時間でしたが、お話を伺っていると、元気と闘志がわきあがってくるようでした。まだまだリハ医学の挑むべき課題は多くあります。それぞれが自分の目標にしっかりと目を向けて取り組んでいきたいと決意を新たにしました。

安保先生、ご多忙の中、本当にありがとうございました。