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リハビリテーション科女性医師ネットワーク(RJN)

第21回「この先生に聞きたい!」女性リハビリテーション科専門医キャリアパス

 

日時 2018年5月18日(金)
場所 安保ホール会議室(愛知県名古屋市)
ゲスト 万歳 登茂子 先生(医療法人仁寿会サニーサイドホスピタル 副院長)
インタビュアー 香取 さやか 先生(北海道立子ども総合医療・療育センター)
渡辺 亜貴子 先生(医療生協わたり病院)
司会 小口 和代 先生(刈谷豊田総合病院)
オブザーバー 中馬 孝容 先生(滋賀県立総合病院)
同席者 竹尾 淳美 先生(藤田保健衛生大学七栗記念病院)

自己紹介
小児整形からリハビリテーションへ
ボイタ法・ボバース法との出会い
乳児健診と発達支援
高次脳機能障害〜脳外傷友の会
コミュニケーションの流儀
リハビリテーション科のすすめ
女性医師へのメッセージ
インタビューを終えて・・・

 

自己紹介

司会(小口):今回はリハビリテーション科女性医師の大先輩である万歳登茂子先生をゲストにお迎えしました。まずは自己紹介から始めましょう。皆さん、どうぞよろしくお願いいたします。

渡辺:福島市からまいりました医療生協わたり病院リハビリテーション科の渡辺亜貴子です。卒業は平成6年です。最初、大学の神経内科の医局に入局して、10年くらい勉強してから、現在のわたり病院に移り、本格的にリハビリテーションに携わるようになりました。学生のときに、すでにリハビリテーション科に進みたいと思っていたんですけれど、最初は大学に入ったという経緯です。

香取:北海道立子ども総合医療・療育センターの香取さやかです。平成20年に滋賀医大を卒業し、今は出身地の北海道に戻って働いています。
私は、学生時代から療育をやりたいという思いがあって、小児科からスタートしています。小児科専門医の課程の中で今の職場で小児リハビリテーションを担当するようになりました。つい先日リハ科専門医を取得したばかりで、まだまだ勉強中です。

竹尾:三重県の七栗記念病院からまいりました竹尾淳美と申します。この春から後期研修1年目でリハビリ科に入ったばかりなので、まだ本当にリハビリ科の「リ」の字も分かってないかなぐらいのレベルではあるんですけれども、今日は、いろんな先生方のお話が聞けるのを楽しみにやってまいりました。今日はよろしくお願いいたします。

中馬:私の立場は、RJN(リハビリテーション科女性医師ネットワーク)委員会の今は2代目委員長ということでまいりました。
私ももともとは神経内科医だったのですが、奈良県立医科大学から北大(北海道大学)に移って、その時からリハビリテーション科です。万歳先生には北海道に教育講演で来ていただいたことがございまして、本当にありがとうございました。
今日はよろしくお願いいたします。

司会(小口):司会のRJN委員小口です。学生時代、リハ科に興味があったのですが、出身大学には残念ながらリハ科の講座はなく、5年生の時大学の先生から名古屋市総合リハビリテーションセンターに万歳先生という、すごく元気な女性の先生がいらっしゃると聞き、先生のところを訪れました。私がリハ医への道を進んだ大きなきっかけです。30年たって、まさかこんな日が来るなんて、当時は想像もしていなかったです。どうぞよろしくお願いいたします。

万歳:私は、今日のインタビューを受ける万歳登茂子といいます。昭和47年に卒業しました。療育をやりたくて、当時はリハビリをやるには整形外科に入らないと何もないときだったものですから、整形外科に入って、もう手探りの状態でずっとやってきました。今日はあまり昔のことは話さないように気を付けてはおりますけれども、昔のことを、ああ、昔はそうだった、今はいいなとか、今も変わらないなとか、そんなので参考になればいいなと思っております。よろしくお願いします。

 

 

小児整形からリハビリテーションへ

司会(小口):進路選択は療育への関心からということですが、少し具体的に教えていただけませんか。

万歳:私たちのころは、女性はだいたいマイナーな科、眼科とか耳鼻科、小児科、皮膚科とかを選択していました。

香取:へえ、そうなんですか。

万歳:やっぱり女性は少ないでしょう、全体の1割とか。全学年の中で、私たちの学年は多かったぐらいで。

香取:何人ぐらいいらっしゃったんですか。

万歳:65名の定員で11名でした。でも、あまりマイナーな科は私、惹かれなかったし、やっぱり小児科かなと思っていたんですけれども。でも、なんかね、ピンとこなかったんです。
ちょうど学生のときに、母親がボランティアで障害児の日曜スクールに行っていて、ちょっと代わりに行ってということで、行ったんです。そしたら、すごくインパクトがあって。なんかこういうのに関わりながら、小児科的なことがいいなというのを思って、リハ科に…。
日本のリハビリテーションの最初のころって、脳性麻痺とポリオの時代ですよね。もう今はわずかだと思うんですけど…すでに変形の出た子どもたちに、どうやってそれを治すかということになると、やはり整形外科でした。

香取:整形外科に入り、手術もされていたんですか。

万歳:手術には立ち会いました。セカンドオピニオンじゃないけれども、手術をお願いしますと頼まなきゃいけないから。鈎引きぐらいはしましたけれども、もうそこまで。
私たちの学年は8名が整形外科に入っています。同級生がすごく多かったんです。だから、最初から私は整形外科だけれども、やるのはリハビリです、というのをずっと宣言していました。それに整形外科の教室もリハビリに関して、誰も分からないから、アドバイスも指導もできないでしょ。だから、自分で探して、自分のやりたいことをやりなさいと言われたんです。

香取:当時から先生は、リハビリという領域だ、という確信を持って、それを宣言されたんですか。

万歳:していたんでしょうね、多分。

香取:すごいですね。

 

 

ボイタ法・ボバース法との出会い

万歳:そのころは理学療法士の試験が国家試験制度になってから間もなくだから、子供もリハビリもほとんど鍼灸マッサージ師さんたちがやっていたんです。私が卒業した頃、ボイタ法、ボバース法がちょうど始まったときだったんですよ。

香取:聞いたことがあります。脳性麻痺の治療の考え方が大きく変わって、面白い時代だったと。

万歳:そう、一番ラッキーだったと思う。「診断」というので、ちょうどよかったんですよね。初めて、医師が診断をするものと理解された。

香取:そうなんですね。

万歳:今はどんなふうですか。

香取:私の上司はボイタ、ボバースで育った世代なので、今でもやっぱり子どもの姿勢反応をちゃんと見て診断しなさい、と教わっています。でも、MRIの所見もかなり参考にしますね。

万歳:そんな子どもにMRIとかCTを撮るなんていうのは全然していませんでした。まあ、MRIがなかったし。

香取:当時はそうですね。

万歳:今思うと、それまではそういうのが全然なくて、小児整形が関わってきた療育のところに、ボバース法、ボイタ法という診断と治療が始まったのですね。
当時ボイタ法は聖ヨゼフ整肢園がやっていて、家森百合子先生と神田豊子先生、小児神経の先生がやってみえました。今思うとびっくりなんですけど、1週間も名古屋から京都の聖ヨゼフまで日帰りで研修実習をしました。

香取:日帰りで毎日往復されたんですか?

万歳:朝一番に家を出て、子どもたちは主人に送ってもらって、新幹線に乗って、名古屋から京都まで行って。
家森先生や神田先生は女性で理解があったから、本当に二人の先生に感謝しています。
お迎えの時間、6時ちょっと過ぎには、保育園まで迎えに行けるようにと逆算して、京都のヨゼフからタクシーを飛ばして…。

香取:わあ、すごいですね。

万歳:新幹線で往復しましたね。若かったからできたんでしょうね。

 

 

 

乳児健診と発達支援

万歳:当時、小児整形外科医は保健所で、先天性股関節脱臼のチェックをしていました。当時、先天性股関節脱臼というのはすごく多かったんです。巻きおむつが原因なんですよ。

香取:そうなんですね。

万歳:はい。今の紙おむつじゃない、巻きおむつの時代なんですよ。おむつというのは、昔は巻くだけだったのね。だから、足を伸展させるでしょ。私たちの子どもは普通の布おむつ、それをT字にするんです。男の子の場合は、前を二重、三重にして、女の子の場合は、後ろを二重、三重にして、セットするんです。
この巻き方は先天性股関節脱臼の予防に役立ってきたんですよね。それでも布だから、足、動かしにくいですけど、今みたいな紙おむつだったら、もう自由に動かせるでしょ。だから、先天性股関節脱臼というのは、すごく減ったんです。もちろん先天性で遺伝的な要素はあるんだけれども、おむつが違ったから少なくなってきたんですよね。
あのころは、小児科よりも整形外科のほうが股関節脱臼のチェックに行っていたんですよ。ですから、各保健所に行って、そこでチェックしながら子どもの発達にも関わっていました。3カ月健診の後、保健婦(現保健師)さんたちが、発達が遅れてる子たちのフォローをしていましたが、ただフォローするのはお母さんたちも不安ばっかりだから、その間何をやったらいいかを伝えたい、という保健婦さんたちの希望がありました。
その頃私は名古屋市児童福祉センターに15年間勤めていました。保健婦さんたちが来て、じゃあ作ろうよということで、40年以上前に保健婦さんたちと作ったものが、今も名古屋市の保健所で使われています。

香取:リーフレットみたいなものですか?

万歳:ううん、1枚の簡単なものです。うつぶせは、ここにロールを巻いて、しっかりと反りくりかえらないようにして、うつぶせの時間を作りましょうとか、なるべく上向きにしたときには、足が動かせるようにしましょう、とか。立ち直り反応を促通するために、膝の上に抱っこして、少し傾けて体が戻るようにしましょうとか、本当に分かりやすいのを作りました。それで3カ月健診で引っかかってきた子どもたちに保健婦さんたちが指導しフォローするというのをやっていました。
保健婦さんをはじめ、いろんな人たちと、いかに交流をしていくかというのに尽きますね。私一人でやったって、駄目ですからね。

 

 

高次脳機能障害〜脳外傷友の会

万歳:このように15年間小児の臨床をしていて、その次が高次脳機能障害ですね。

司会(小口):総合リハビリテーションセンターにいらした頃ですね。

万歳:ちょうどそうですね。

司会(小口):その時期のお話も、ぜひ聞かせてください。

香取:転機は何だったんですか、ずっと小児をされていて。

万歳:転機はね、すごくおかしいんですよ。子どもを診るときテレビの番組とかであやすでしょ、泣かないように。何かやっていくときに、例えば『ひょっこりひょうたん島』の話だとか、『キャンディ・キャンディ』とかね、ああいう話を子どもとしながら…白衣はもちろん着てないんですよね。白衣も着なくて、畳の上でね。当時はあやしながら診察したり、あやしながら訓練方法をチェックしていたんだけど、自分の子どもが小学校に入ると、これらが使えなくなっちゃうんですよ。自分の子どもたちは違う番組を見るけれど、人気のキャラクターを覚えなきゃいけない。でも、なかなか覚えられないでしょう。

渡辺:うん、確かに。

万歳:自分の生活の中で、自分の子どもだから覚えてきたけれども、仕事のために家でそういうテレビ番組を見るなんて、ないじゃないですか。

香取:そうですね。

万歳:ご飯の支度しているときに、子供たちと一緒に見ているから自然に入ってきて、自然にそれが診察の中で使えたのにもうそれが使えなくなっちゃった。テレビ番組を見なきゃいけないし、覚えなきゃいけないし、嫌だなと思っていたときに、名古屋市でリハビリテーションセンターを作る計画があったんです。ちょっと話が飛んでしまうんですけど、その頃に、小児だけではいけないということで、リハ専門医の試験を受けたことと、今言ったことと、名古屋市がリハセンターを作る計画が浮上したということ、これらが転機となりました。単純ですね。

司会(小口):それがなければ、私はここにいない感じがします。

渡辺:私は回復期病棟を担当しているんですけれど、56床をドクター2人で見ているんです。やはり高次脳機能障害の患者さんは多くて、外傷だったり脳出血だったりなんですけれど。

万歳:そうですね、くも膜下出血も多いですよね。

渡辺:お若い人の場合、社会復帰がすごく難しくて、先生のご経験をお伺いしたいんです。

万歳:高次脳機能障害は、大橋正洋先生の神奈川リハビリテーションセンターと、名古屋市リハビリテーションセンターで協力し、競い合っていたんです。神奈川の「脳外傷友の会ナナ」と、名古屋の「脳外傷友の会みずほ」が、今の「日本脳外傷友の会」のベースです。大橋先生と協力して「高次脳機能障害」の言葉を確立させました。それまではなかった…。

渡辺:ああ、そうなんですね。

万歳:だから、高次脳機能障害というのは、あくまでも行政用語。

渡辺:概念がなかった…。

万歳:概念がないから、行政用語なんですよ、「高次脳機能障害」の言葉は。これはマスコミのおかげなんですよ。神奈川の「ナナ」と名古屋の「みずほ」の当事者の人にいろんなところでテレビに出てもらって。「高次脳機能障害」の言葉を、アピールしてもらいました。

渡辺:そうなんですね。

万歳:いろんな人たちにテレビに出てもらって、それで世間一般の人たちに伝えました。「目に見えない障害」、キャッチフレーズね。

渡辺:ああ、そうですね。

万歳:目に見えない障害、高次脳機能障害というのを、マスコミを使ってアピールしたんです。

渡辺:今でも精神保健福祉手帳を申請するのが難しいです。

万歳:いや…。

渡辺:そんなことないですか。

万歳:今はね。友の会の当事者の働きかけで、精神保健福祉手帳は、高次脳機能障害のところだけはリハ医が書けるんですよ。ほかのうつ病とか統合失調症とかはリハ医は書けないですが。これも国が認めてくれた特例。

渡辺:そうですね。

万歳:何か助けてあげるには、精神保健福祉手帳が無ければ駄目でしょう。以前は手帳は精神科の先生じゃなければ書けなくて、それも6カ月たたなきゃいけないでしょ。精神科の先生の、初診から6カ月でしょ。最初のころはそれで困って、高次脳機能障害の若い子たちが来たら、即精神科に受診してもらって、カルテだけでも作ってもらうんですよ。リハビリは私たちがやるけれども、精神科に初診の記録だけ残して…。
先生はどんなのをやっているんですか、高次脳機能障害の評価は。

渡辺:まず最初に、長谷川式とMMSE、CDTをやって、それから前頭葉機能、構成機能の検査、場合によってはWAISとか。

万歳:そういうテストってね、患者さんや患者さんの家族に説明するのって難しくない?

渡辺:そうですね。

万歳:難しいでしょう。だから、私は高次脳機能障害を始めたときから、ずっと今まで使っているのは、かなひろいテストとTMT。家族に一番説明しやすいでしょう。

渡辺:ああ、そうですね。

万歳:例えば、TMT-Aは、家族に、これって幼稚園の子どもがやるテストですよねって。幼稚園の年長さんぐらいかな。Bはちょっと難しいかもしれないけど、小学校の低学年か年長さんでもできるテストなんですけれども、これがこんなに時間かかるんですよとか、ね。

渡辺:そうですね。

万歳:私たちだけが分かっても駄目ですね。

渡辺:重要ですよね、説明は。

万歳:私たちはあくまでも回復期で関わっているだけでしょう。あの人たちが家に帰ったときに、問題点がはっきりしてくるものですよね。顕著にあらわれてくるんですよね。

渡辺:そうですね。

万歳:だから、交通事故の若い子たちでも、急性期のときには何も分からないでしょう。それが復学したら、全然授業についていけない。復職したら、もうミスばっかりで本人も家族も大変ですよね。それで、家族会を作ったの。脳外傷友の会「ナナ」、それから「みずほ」。今、全国の都道府県に友の会ができましたね。北海道は「コロポックル」。

香取:はい、そうです。

万歳:国の行政用語として高次脳機能障害という言葉を作ったから、各都道府県でやるということになった。こんなに行政の動いた病気ってありますか。逆に医者があんまり動かないから、行政が動いてくれたのかしら。どうなんだろうね。

竹尾:高次脳機能障害という言葉を作って、テレビを使ったりとか、世間一般に広く知れ渡るようたきつけたのは誰なんですか。行政なんですか。それとも患者会?

万歳:ドクターと患者会。患者だけでもやっぱり駄目でしょ。ドクターだけでも駄目だと思うのね。だからドクターと患者が一緒に…私、テレビにはね、ソバージュの髪型にして、いっぱい出ていました。でもやっぱり、そういうのを使わないと、難しい病気だと思うんですよ。本当に「目に見えない」わけだから。

香取:テレビを使おう、メディアを使おうというのは、どなたのアイデアだったんですか。先生ですか?

万歳:いやいや、みんなで。お母さんたちじゃないかな。

お母さんたちが本当に苦労したんですよ。私がリハ学会に行くと、友の会の人たちがいつも来ていたんですよ。どこがどんな発表をして、どの先生のところに行くといいかというのを調べていた。もう彼女たちのパワーというのはすごかったですね。だから、私たちは彼女たちのパワーに利用されたのかな。

渡辺:最近、経験した患者さんで、40代で脳出血で、軽く失語が残って、あと、ちょっとパニックになりやすい症状も残ったんだけれども、しっかりした企業にお勤めだったので復職できた方がいらしたんですが。でも、やっぱり戻ってみたら思うように仕事ができないみたいで、窓際に追いやられたみたいなことをおっしゃって、かなり落ち込んでらっしゃる患者さんもいらっしゃるんですけれど、もう少し職場の中でも理解していただけるといい。

万歳:もうそれしかないんですよね。やっぱりでも、大企業は難しい。ですから高次脳機能障害の人は手帳が必要です。精神疾患の人たちの雇用が非常に少ないということで2016年に精神障害者雇用促進法が改正され、精神障害もなるべく雇いなさいということになりましたね。まずは大企業が率先して雇用して欲しいですね。絶対に周りの理解がないと駄目ですから。

渡辺:そうですね。

万歳:高次脳機能障害者の社会復帰には、やはりピア・カウンセラーが一番効果があると思います。友の会が当事者に対しても、また行政の人たちにも講習会をしているんです。だって、分かってもらわなきゃいけない。
ドクター、臨床心理士、OT、STも、もちろんバックアップはします。自分たちの苦労や、困っていたことを相談会でやると、それがうまく繋がっていく。回復期でも、やっぱり同じように、高齢の人たち、だいたい奥さんとか家族が困っている。で、うまくいった人たちに、ピア・カウンセリングをお願いして来てもらっています。

渡辺:ああ。

万歳:私たちが話しても、なかなか、でしょう。

渡辺:そうですね。

万歳:高次脳機能障害の理解にはピア・カウンセリングが一番だと思います。お母さん同士、それから奥さん同士というのが、やっぱり一番うまくいっているかなという気がするんだけどね。

渡辺:ああ、そうですね。やっぱり入り方が違いますよね。医療従事者から言われるのと、同じ経験をしている方からのでは…。

万歳:私たちが分かるのは、慣れない病棟の中の生活を聞いてでしょう。家族にとっては、毎日病棟で困っていることと、実生活の中で困っていることは絶対に違う。私はそう思っています。

 

 

コミュニケーションの流儀

司会(小口):先生の歩まれたヒストリーは、患者・家族・マスコミ・行政も巻き込んだ「チーム」がキーになっていると感じます。先生の考えるチームマネジメントやリーダーシップについてお話いただきたいと思います。

万歳:「流儀」ね。

司会(小口):そうです。これは、本日のインタビュアーの先生方からの事前にいただいた質問でもあります。

万歳:私は、一人専門医のところで、ずっと勤めてきたんですね。名古屋市総合リハセンターは、その後、若い先生たちが専門医になったんだけどね。自分一人では何もできないじゃないですか。じゃあ、どうしたらいいんだろうかと…リハスタッフが質問しやすい雰囲気を作るという、その一言に尽きると思うんですよ。知りたいけど、こんなことは恥ずかしくて聞けないという雰囲気ではなくて、ちょっと疑問に思ったことや困ったことが、すぐ聞ける雰囲気にしておくこと。だって、彼らは一人の患者さんを40分訓練しているでしょう。そりゃあもう詳しい。例えば慢性硬膜下血腫とかは、私たち気がつかないじゃないですか、急な変化じゃないから。そうすると、リハスタッフが、「なんか、ここ2、3日、ボーッとしている」と教えてくれる。

渡辺:そうですね。

万歳:そうすると、ちょっとCT撮ろうかということに。リハスタッフからの情報は本当に助かるんですよ。

渡辺:なるほど。

万歳:言ってくれる雰囲気を作っておかないと、その情報は入ってこないと思う。

渡辺:ちょっと反省…。

万歳:逆にリハスタッフは画像のことを知りたいんですよね。そんな時に、じゃあ一緒に画像を見ようかとか。最近痛みが続いているけれど、と言われたら、じゃあ、レントゲン撮ろうかと。その結果を必ず一緒に見るとまた経過を教えてくれるし、こちらも聞けるし、それに尽きると思う。それ、必要だと思わない?

渡辺:ちょっと忙しくて、ぴりぴりしたりしがちですね。
後にしてくれないかな、みたいになっちゃうときがあるかもしれないので、反省します。

万歳:そんな時は「ここを先生は調べておいてね。後で説明するから」それは言えるでしょう。

渡辺:そうですね。

万歳:ここを調べておいてね、と言うだけでも違うと思いますよ。

司会(小口):良好なコミュニケーションがあれば、日々の臨床場面がカンファレンスになりますね。

万歳:カンファレンス、やらなきゃいけないですもんね。

司会(小口):カンファレンスで工夫されていることはありますか。

万歳:15年間理学療法士、作業療法士の学校の学長を兼任していたので、回復期を立ち上げた今の病院に、卒後教育として来ましたが、いつも怒りましたよ。

司会(小口):先生が怒る?

万歳:リハスタッフが、ROMがどう、筋力がどう、そんなのはカンファじゃなくてもいいんじゃないって。カンファというのは、この人が家に帰ったときにどうするかというのを話すべきで、そんな細かいことはやめようよと。また初回カンファでは、その患者さんを実際に見てなくても分かるような説明を求めます。だから、他のスタッフでも分かるような説明をできるのが、本当のカンファじゃないかなって。自分の専門ばかり言っていると、他の職種が一緒に考えてくれない。

渡辺:看護師さんとか。

万歳:うん、駄目だと思うのね。

渡辺:そうですよね。

万歳:最初は看護師とリハスタッフとMSWだけだったんだけども、今は看護助手さん、栄養士さんにも参加してもらいますよ。だって、詳しいですよ、病棟の生活のことは。

渡辺:そうですね。

万歳:看護師さんよりも、看護助手さんたちの方が、お風呂の入り方とか、トイレの失禁状態は詳しいから、彼女たちにも入ってもらっています。そのためには、他の職種の人にも絶対に分かるような説明をしてねと言っています。

渡辺:そうですよね。

万歳:でも、それができないときには、私たちドクターが、この評価は、こういうのを見るんだよって説明します。必ず全部の職種に分かるような会議をしようというのは心掛けているけどな。七栗ではどう?

竹尾:私もミニカンファレンスで毎朝時間を決めて、患者さんを決めてやっているんですけど。その時、その担当のPTさん、OTさん、STさんと、その担当の看護師さんと担当のドクターで話をしているんですけど、私もやっぱり自分が仕切る立場ではあるんですけれども、まだ入りたてで分からないということもあって、分からない単語とかが出てきても、ちょっとなあなあになっている部分はあったので、みんなが分かるようにやるというのは、すごい参考になるなと。

万歳:知らないことは聞くこと。「あ、ごめん、私、知らないんだけど、それってどういうこと?」って聞いちゃう。

竹尾:取りあえず「ふうん」って流しちゃって、後で自分で調べます。

一同:(笑)。

香取:カンファの悩みといえば、私も多職種カンファで司会をすることがあるんですが、それぞれの専門職種が、自分の領域ではこうですと順番にプレゼンして終わりになっちゃうことが多いんです。何かそこから先、この患者さんをよくするにはどうしようという話を、どうやってみんなで盛り上げていったらいいのか、アイデアがあれば教えていただけませんか。

万歳:初回はそうだと思うんだけども、やっぱりそれでは、何でみんな集まったの?になっちゃうよね。
PTはPT、OTはOTのことをやっていたって、全然つながっていかないでしょう。だから、そんなのはつまらんよって私は言っちゃいますよ。それぞれが自分たちのやっていることを話してアピールするだけなら、集まる必要ないじゃないと。今、私たち、こうやっているけど、看護サイドはどうですか?PTはどうですか?それぞれのやっていること同士を知って、目標を立てていかないと。
私は、最初のころは怒っていましたよ。そんなカンファは必要ないと。でも今は看護師さんたちに「最近先生、おとなしいね」って言われます。「いや、もう何にも言うことないから…最初の頃は本当に、ばかみたいなカンファだったもん」って言っていますよ。

香取:今は先生が言わなくても、そういうカンファになってきたということなんですね。
万歳:そう、なってきている。そんなに簡単にはうまくいかなかったけれど。毎日、今日もまた怒っちゃったと反省し、翌日の通勤の車の中で、今日は絶対に怒らないって誓って出勤しました。「ごめんね、昨日は怒っちゃって。昨日、帰りの車の中で、ひやひやしながら運転して反省して帰ったよ。」と言って多少はフォローはするけど。

一同:(笑)。

 

 

リハビリテーション科のすすめ

渡辺:若い人にリハビリテーションを、学生さんとか若い研修医にどのようにうまくアピールできるといいのか、悩みます。

万歳:アピールできるといいですね。これはリハ医学会のテーマでもありますね。

司会(小口):今日の企画のテーマでもあります。

万歳:ある先生がおっしゃっていたけども、リハ科を選んだ人には二つあって、卒業してすぐ入る人と、他の科を回って、ああ、やっぱりリハをやってみたいと思った人と二つのタイプがある。しかしどの人もみんなリハマインドを持っている人たちだと。何て言ったらいいか、生活が面白い、人間が面白いと思っている人たち。いろんな施設、小児の施設、作業所などたくさん見学に行って、医学現場ばっかりではなくて、生活場面のところに行くのが必要かなと思います。それしかないかな。

中馬:実際に色々な経験して、やっぱりそこで何かを思う。それがリハマインドなんでしょうね。

万歳:そうね。本当に最近は変わったと思う。昔と比べ急性期病院の先生たちって、すごくリハのことを理解している、昔と比べたら。

中馬:情報とか、やはり教育自体も変わってきているのかと思いますね。

万歳:変わってきているんですよね。

司会(小口):急性期病院では入院と同時にリハ、退院計画というようになっていますね。急性期で他科の先生と一緒に患者を診る中で、リハ医がどんな役割を担うか、理解していただけるといいな、と思っています。

中馬:今、初期研修の2年間って、いろんなところを回られるので、それはいいことだと思います。

司会(小口):同感です。

中馬:私はそういうチャンスに恵まれなかった時代の人間ですけれど、実際にいろいろな診療科にいって経験する、それが数か月でしかなくても、その診療科医師の考え方、治療方針などを理解できると思います。リハビリテーション科においても、急性期、回復期、生活期リハビリテーションの中で、いろいろな合併症をもっている患者さんを対象としますので、常に、横の流れと、他科との関わりの縦の流れを意識して仕事することが大切と思っています。
リハビリテーション科専門医は、各診療科の専門医となるぐらいの知識が必要かというと、そこまではいらないけれども、例えば、心不全ってどういうものか、脳卒中のリハビリテーションでも、心不全のある患者さんのリハビリテーションをどうとらえるか、そういうことを知っておかなくてはいけないと思います。研修で回ってくれた若い先生方が、各診療科でリハビリテーションを依頼して、リハマインドを持っている人が、ひょっとしたら・・・。

万歳:入ってくるね。

中馬:はい、可能性は高くなるのかなと。ただ、その時に、ちゃんと先生のようなモデルが、小口先生がかつてそうだったように、身近にいるかどうかというのが大切だと思います。そんなときのための、RJNインタビュー企画ですよね。

司会(小口):そうですね。身近にいなくても、ここ(RJNインタビュー企画冊子『達人の流儀』)では会えますので…ロールモデルが、まだまだ圧倒的に臨床研修病院に少ない。

万歳:うん、少ないね。

司会(小口):あるいは大学にも少ないという現実はあると思いますので、今回の貴重なお話も、是非多くの医学生、研修医の先生の手に届けたいと思います。

 

 

女性医師へのメッセージ

司会(小口):最後に、先生から女性医師に向けたメッセージを頂戴したいと思います。

万歳:私は子どもをやって、それから働き盛りの人と関わり、いまは自分の世代・自分の親の世代と関わっています。自分の親の嚥下障害や認知症がすごい参考になるんですよ。女性が生活スタイルに沿って働けるのは、リハ科がとても適しています。すごく向いているというのを、どこかでアピールしたくて一生懸命言っていますが、まだ若い先生にはピンと来ないでしょう?

竹尾:そうですね。まだ、そうですね。親、50代とか。

万歳:若いからね。だからね、子どものときの、その見方で、そこで何となく近づけて分かるし、それから自分の子どもが働き盛りのときに、その時にそれができるし、もう年を取ってきて親のことを見たときには、また高齢者のリハビリのことがすごく参考になるしというのが1点あるから、もう女性のライフスタイルとリハビリテーションの患者さんのいろんなライフスタイル、いろんなところに関わっていけるから、どこでもいけますよね。それと、今、すごく引っ張りだこじゃないですか。波に乗らなきゃ。

司会(小口):すごいチャンスですよね。

万歳:そう。今、一番いい時期だと思うんですよ。先ほどね、中馬先生がおっしゃったように、他科の先生たちがやっと分かってきてくださったときに、他科の先生から頼られていますよね。頼られている時というのは、一番いい時期かなと思いますよね。女性としても、頼られた時自分が何かできないことがあっても、いや、私はこういうところで頼られているんだ。だから、子育てのときに早く帰っちゃってもしようがないという、何かうまく言葉では言えないけれども、波に乗っている時は、精神的安定感が得られるのでは?苦労をした時から見ると、今は一番いいんじゃないかなと思います。
これでまたリハ医が増えてしまったら、それは普通にやっていたら、淘汰されちゃうかもしれませんよ。

一同:(笑)。

万歳:男女共同参画・ジェンダーフリーに関して私はかなり関わってはいるけれども、やっぱり基本的には違うんじゃないかな。女性は子孫を増やす、男性は敵と戦って家族を守るという本能は、避けて通れないと思うんです。リハビリの仕事は、「生活面にも関わる」というところを女性医師にアピールしたらもっとよいのでは?

司会(小口):今日は、先生のリハ医としての歩み、小児、高次脳機能障害の歴史、スタッフとのコミュニケーションまで、大変幅広くお話いただきました。どのステージにおいても先生が現場に立ち続け、患者指向のチーム医療を実践されていることに、あらためて尊敬の念を深く致しました。これからもどうぞ私たちの大先輩として、お力添えください。皆さま、今日はどうもありがとうございました。

 

 


インタビューを終えて・・・

前代未聞の猛暑を迎える直前、2018年5月の名古屋でのインタビューです。万歳先生に40年余のリハビリテーション科医師の道のりと、仕事に懸ける思いを熱く語っていただきました。先駆者としての挑戦的な経歴とは裏腹の、優しい笑顔での語りに、終始ソフトな雰囲気で話がはずみました。

印象的だったのは、先生のチームメンバーの幅広さです。医療者だけでなく、当事者・家族はもちろん、マスコミ、社会まで巻き込んで活動された成果の上に、現在のリハビリテーション医療がある。先生の作られた基盤を強化し、さらに発展させるため、次世代にリハビリテーション科をアピールする意義を、参加者一同再認識いたしました。

私が、人生で初めて出会った女性リハビリテーション科専門医でもある万歳先生。どうぞ末永くご指導ご鞭撻の程宜しくお願いいたします。

 

(小口和代)