特 集新医師臨床研修制度・後期臨床研修への対応

大学病院の立場から―兵庫医科大学の場合

兵庫医科大学リハビリテーション医学 道免 和久


はじめに

私は大学病院で人材育成にかかわっているため、「大学病院の立場から」の意見を期待されていることと思う。しかし、常に10年先を読んだシステム作りをめざしているため、現状の大学病院の対応としては、マイノリティである点を、最初にお断りしておく。

大学病院でリハ科医を育てること

私は数年前から、旧来の大学医局制度のままでは、大学病院におけるリハ科医の育成は行き詰まる、と主張してきた。理由を以下に列挙する。

(1)リハ医療の真髄は、大学病院ではなく、地域医療の中にこそある。
(2)もともとリハ科医を志向する医師は、臨床指向の人が多く、基礎研究や学位取得に関心が高いとは言えない。
(3)障害者や高齢者医療に対する使命感が強く、目的意識が高い人が多いため、医局員が教授の命令に追従する時代は終焉を迎えた。
(4)優良な民間研修病院の台頭で、大学を飛び出す医師が増え、大学に残るのが当たり前の風潮はなくなった。
(5)大学病院の臨床だけでは、リハ医療全体のごく一部しか知らない半人前のリハ科医にしかなれない。
(6)いわゆる大学医局の関連病院という考えには、優良な病院経営者ほど抵抗がある。地域の病院と大学が同じ目線で医療を構築するパートナーとしての協力が必要な時代が来る。

大学の枠組みを超えたシステム

一方で私は、新医師臨床研修制度は、医師の人材が流動化するチャンスであり、大学の枠組みを超えたシステムを作れば、これまで以上に多くの人材がリハ医療に流入するチャンスがあると言ってきた。理由は以下の通りである。

(1)リハ医療のニーズの増加は、医学部学生や他科の医師にも敏感に受け止められている。
(2)逆にニーズが減少している科の医師は、やりがいのある仕事を求めて、リハ科に興味をもっている。
(3)したがって、大学医局の悪習(ピラミッド形の組織、徒弟制度、学位研究、お礼奉公、寿退局など)を廃止し、リハ科医になる目的に合致した臨床的受け皿を整えれば、大学の垣根に関係なく人材が集まる。
(4)そこに、大学でしかできない研究や教育のシステムを加える、という方針で臨床を基盤に据えたシステムを整備すれば、これまで以上に幅広い人材がリハ科に集まる。

人材育成プロジェクトの設立

以上のような観点から、大学医局の悪習を捨て、良好なシステムのみを残し、大学の枠組みを超えた人材育成プロジェクトとして、昨年7月「NPO法人リハビリテーション医療推進機構CRASEED」を設立した。CRASEEDは大学医局とNPO法人両者のメリットを統合したハイブリッド医局とも言うべきシステムである。会員には、全国の医師、療法士、看護師、市民、病院経営者が参加している。

民間企業による「医局」も存在するが、やはり、大学の学問的基盤や人材育成と結びついた人事システムでなければ、幅広い医師の支持は得られない。臨床、教育、研究全てを1人の医者が行う大学医師をめざすのではなく、臨床重視の医師、研究重視の医師、教育熱心な医師、それぞれの多様な価値観を認める組織作りをしている。

臨床重視といっても、臨床研究は必ず行い、「臨床力」を高めるための研究を指導している。さらに、女性医師の休職や再就職問題にも、積極的に新たな試みを実施しており、「全か無か」という医局員像を捨て、各人のライフスタイルに応じた組織への関与をしながら、全てのメンバーが最終的には一人前のリハ科臨床医になれるようにプロジェクトが進行中である。地域も、関西にとどまらず、全国各地それぞれの地域で発展するように基盤を整えている。

果たして平成18年度には、13名がCRASEEDプロジェクトに参加(いわゆる入局)した。内訳は、後期研修医3名(他大学より)、転科者10名(内科3名、脳外科2名、麻酔科2名、地域医療1名、整形外科1名、産婦人科1名)となっている。転科者に対する基礎知識を類型化し(本年度学術集会で発表)、それぞれに応じたカリキュラムの作成なども検討している。

発想の転換次第で、新しい制度の逆風も、強力な順風として発展的に利用できている。

大学病院の存在意義:独自の価値

以上私見を述べたが、誤解を防ぐために以下の論点を追加しておく。大学病院のリハ医療はリハの真髄ではない、と冒頭に申し上げたが、逆に地域医療だけが全てだとは考えていない。私は、大学医局制度の改革をしながら、大学病院の存在意義を真剣に考えている。

たとえば、リハ打切り問題のように最近のリハ医療に関する議論を聞いていると、リハ医療を時期だけで区分けし、それぞれの時期の「立場」を代表する意見が独善的に語られることがあるが、一人の人間を時期で区分けする考えは、全人的医療を担う医師としてはいかがなものか、と思う。また、若いリハ科医の中には、脳卒中だけがリハ医療の対象だと勘違いしている者もいる。このような問題点を踏まえると、大学病院独自の価値が明らかになる。

すなわち、リハ医療を必要としている患者さんには、実に幅広い疾患があることを認識できるのは、やはり大学病院である。また、大学病院は急性期病院であるとともに、外来には数多くの維持期の患者さんが多いことも重要である。維持期の患者さんが10年後も今と同じように元気でいられるためには、どうすれば良いかを、多くの先輩医師の指導を受けながら考えることができるメリットは大きい。

さらに、最近の先端のリハ研究の発展はめざましい。私たちが取り組んでいる CI療法の効果をいまだに信じない専門医が多いが、今、脳の可塑性を利用した治療を推進しなければ、基本的に50年前のリハ治療から何も進歩していないことになる。先端の脳科学などの基礎研究がリハへの応用をめざしている中で、大学病院が何を見据えて何をなすべきかを真摯に考え、実践するとき、臨床だけでなく大学で研究したいというリハ科医が増加すると信じている。

大学病院の立場としては相矛盾する論点を述べたようであるが、患者さんのQOLの向上をめざすのがリハ医療であるという原点に帰ったとき、どこにも矛盾がないことに気付いていただけると思う。どんな立場であれ、指導医諸氏が患者さんと共に歩む医師を育てる熱意をもつべきことに変わりはない。