特集 | 米国のリハ医療制度と教育の動向について |
米国のリハビリテーション医療制度と教育の動向について
Jeffrey R. Basford, M.D., Ph.D.
はじめに
2005年10月、日本を訪れて国際シンポジウムや市民公開講座などで米国のリハ医療制度と教育の動向について紹介する機会があり、米国の医療システムで起こっている変化についてお話ししました。日本と米国のリハ医療制度と教育の類似点や相違点を知ることは、リハに興味のある人たちにとって、極めて有益なことと思います。
このときの日本訪問で私自身が学んだ内容について整理する時間がありました。また今回、米国のリハ医療制度と教育の動向について、現時点での最新情報を本紙に紹介する機会をいただきました。私のゴールは、できるだけ客観的にこれらの内容を紹介することですが、特に米国の巨大で複雑な医療システムの解釈となりますので、これをまとめる私個人に依存する部分もあり、期待される客観性よりも少し選択的な内容になるという点をご理解いただきたいと思います。私自身、毎日の臨床実務を行うとともに、研究者でもあり、また、Archives of Physical Medicine & Rehabilitationの編集に携わるというバックグラウンドを持っており、できるだけ広く普遍的な視野の下で、記述したいと思います。
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Rehabilitation (PM&R)の研修を完了した。20年以上Mayo Clinic PM&Rに在籍し(図1)、臨床と研究に関しては、物理療法、神経学のリハ、筋骨格系を専門としている。現在、Mayo Clinic PM&Rの教授であり、NIH Rehabilitation Research Training Centerのdirector、Mayo Clinic PM&R部門の研究委員会委員長を歴任している。複数の医学専門誌の編集委員を務めており、Archives of PM&Rの現編集長である。 |
医療システムとは
国の医療システムは、国民の健康への貢献の必要性と、その国の社会的構造や将来の展望との、相互的な作用を反映するものです。米国においてもこの点は他の国と変わりません。しかしながら、米国では、医療の規模が大きく、市場性が重視されるために、財政的問題と社会的影響に極めて敏感に影響されるものとなっています。このような米国でのアプローチはそれ自体で、他の国に対して、何らかの役に立つ予測を提供する可能性があるものと言えます。
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図1 ミネソタ州南東部の炉チェスターに位置するMayo Clinicの全景 |
米国の医療システム
米国の医療システムは、伝統的に長い間、政府主体の健康保険制度ではなかったということが比較的よく知られていますが、引き続きこれを認識していただくことが重要です。すなわち、米国の医療システムは無計画に発展して、あたかも大きなソフトウエアプログラムのように進化しています。問題が発見されると必要に応じてパッチワークのように繕われます。その結果は有益なのですが、混乱していることも事実です。第一に、米国の医療システムはしばしば指摘されるほど、思慮がなく無秩序に変化するものではありません。定年退職者や、低所得者に対する基本的医療保障のために適正な評価を行うためのものです。しかしながら、長期ケアが必要な患者や、不十分な保険で働いている人々のケアに対する支払いに関しても有効で、適切に対応されています。第二に、米国は日本やヨーロッパと同じく、財政難と高齢化の問題に直面しています(図2)。その結果、現医療システムは、部分的な目標への到達がゴールと捉えられます。医療システムはさらに中央に集約されて、その結特集◎米国のリハ医療制度と教育の動向について果としてますます政府の方針に依存して保険料が支払われるようになっています。一方、米国から傍観すると、日本やヨーロッパでは、システムの類似点はあるものの、より競争的に効率的な方法で施行されているようにみえます。
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図2(a) 医療保険(Medicare)の役割と将来予想 高齢化に伴い医療保険の需要は急速に増加し、今後も増加し続けると試算されている。 |
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図2(b)労働者/定年退職者の比率と将来予想 高齢化に伴い率が低下し、収入に対する支出増が懸念される。 |
コスト削減、在院日数の短縮
このような傾向は米国のリハ医療の実践に、極めて直接的に、予測可能な方法で、大きな影響を与えています。これには、リハが米国の医療システム全体の中では規模が小さいということと共に、リハ医療の多くの変化は医療全体に影響を与える変化が原因となって起きているということを認識する必要があります。特に、費用の徹底的な評価により、在院日数のさらなる短縮と、患者の自宅、リハ、または、長期療養施設への、より早期の退院を実現しました(図3)。この結果として、リハユニットには以前に比べてより重症患者が入院するようになり、早期から集中的な治療が開始されるようになりました(図4)。リハ医療を提供するわれわれもまた、費用対効果の制約から、在院日数短縮と早期退院を実践しています。例えば大学病院であるMayo Clinicでは、典型的な脳卒中急性期患者では入院後3〜5日でリハユニットに送られ、リハユニットでの在院日数はここ10年で、20日から11〜12日へと半減しています。
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図3(a)Mayo Clinic リハ科の在院日数(LOS: length of stay)の推移
1985年から1995年で半減、1995年から2005年でさらに半減しており、現在は11〜12日となった。 |
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図3(b)Mayo Clinic リハ科の年間入院者数の推移 在院日数の減少に伴いベッドの稼働率が上昇し、年間入院患者数は著しく増加した。 |
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図4 必要とされる看護単位の推移 在院日数短縮、患者増により重症患者比率も増加し、その結果として、必要な看護単位も増加している。1995〜2002年の間に、5割増の看護力が必要となった。 |
急性期は一日3時間、週末もリハ 施行
これらの変化は 医療の実践に明らかな変化を生みました。退院計画はさらに詳細となり、以前に比べてより早期から開始されるようになりました。リハ施行は少なくとも一日3時間へと増し、土曜、日曜にも行われるようになりました。入院の条件はより厳しくなり、現在はより完成度の高いものとなっています。患者家族も以前に比べてより早期から介護の負担を負わなければならなくなりました。このような変化にもかかわらず、予想外であったのは、介護への満足や在宅復帰率が悪化せずに安定しているということです。外来患者のケアについては、入院での対応に代わる費用効率のある方法を探し出すことが有益でした。すなわち、これまで入院で行っていた、入院期間を長引かせる原因となっていた抗生剤などの点滴治療を行うことができる、外来センターでの治療プログラムを活用することなどにより実現したものです。これは、かつて入院中に行われていた治療が退院後外来で行われている、人工関節置換術後や脳卒中患者において顕著です。しかしながら、このような努力でコストが削減されたが故に、さらに厳しい制限が保険金支払いに再び適応されることも事実であり、これは両刃の剣のようなものです。
JCAHOとCARFそして法制度
医療制度は重点的に、効率、迅速さ、そして費用管理を調整する役割を担っています。米国では二つの健康保険提供者が運営する医療制度団体が特に重要です。第一は、保健医療機関資格承認合同委員会(Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organi-zations : JCAHO)で、一般に病院とリハ医療提供者のための、ガイダンスと実施の質的基準を提供するものです。第二は、リハ施設資格承認委員会(Commission on Accreditation of Rehabilitation Facilities : CARF)で、JCAHOと似ていますが、より詳細で、とくにリハ医療提供者のための役割を担うものです。法制度は第三の力と捉 えることができます。しかしながら、法制度の医療制度の責任分担に対する焦点が時々ずれており、このような場合、医療やリハの効果が過大評価されることはありません。
治療効果と書類作成、高度に教育された労働力の必要性
これらの効果は、日々のリハ実施にも影響を与えています。治療効果の重要性と書類の重要性が増したことで、必要な活動として、医療費を受け取るために規定の方法で記録を残さなければならず、これによって標準化された書類作成の履行が加速したことは興味ある効果です。在院日数推定値/支払い(還付)スケジュールは入院の開始で決定されるだけではなく、最新情報が一般的には週単位でマネジャー/支払者(保険者側)に送付され、定期的に更新されます。その結果、患者と医療提供者が行った治療内容により、さらに定量化されます。制度を変えてしまうことは難しいですが、多くの人が認める改善されたシステムになりました。費用効果の改善と臨床での生産性要求は、最初のうちは多くの医療施設で臨床ケアに対する研究的活動として興味を持って迎えられました。しかしながら、ケア改善のゴール到達には、より高度に教育された労働力が要求されるということが、すぐに明らかとなりました。
卒後教育の重要性と改革
そのため、卒後教育の改革がリハ分野にも浸透しており、関連分野での改革が最も著しいものです。これは特に、PT部門で明らかであり、過去10年間で卒後3年の学位プログラム(Doctor of Physical Therapy : DPT)が、これまでの2年間のプログラムに代わり施行されるようになりました。加えて、最近卒業した多くのPTが、教育水準を向上させるために大学主催のインターネット教育システムに参加し、活用しています。OT部門においても同様の方法で教育システムを進化させようとしているところです。理学療法のDPTほど一般的ではないものの、Doctor of Occupational Therapy : DOTが現在確立しています。これらについては、例えば脊髄損傷や筋骨格系など、関連分野サブスペシャリティー研修証明の継続と発展が持続的に行われていることに注目すべきです。医師の卒後研修も変化し続けています。大学でリハ科医師として活動を続けるためには、ますますサブスペシャリティーと研究関連の研修が重要視されています。その結果、以前にも増して多くの医師がクリニカルフェローシップ(筋骨格、スポーツ、疼痛医学など)に参加するか、もしくは、研究方法や統計学の高度なトレーニングを受けています。
激動期にある米国の医療とリハ
米国の医療とリハは、今、激動の時を経験しています。過ちもありますが、それに対し適切な対応が行われ、政府の役割や費用負担を誰が負うのかといった問題については、なおも継続的な議論が続けられています。明らかなことは、財政と社会が、これからも継続的にリハの方向性を決定して行くであろうということです。
(翻訳:広報委員会 志波直人)