第62回学術集会 男女共同参画委員会企画シンポジウム報告レポート
男女共同参画委員会企画シンポジウム
「リハビリテーション診療のリスキリング(学び直し)」
第62回日本リハビリテーション医学会学術集会にて開催された男女共同参画委員会企画シンポジウム「リハビリテーション診療のリスキリング(学び直し)」の座長・シンポジストの先生方に、講演内容とシンポジウムの感想をおまとめいただきましたので、本欄にて紹介いたします。
概要
- 日時:2025年6月14日(土)
- 会場:国立京都国際会館
- プログラム:
はじめに
山口 朋子(福井大学医学部 地域高度医療推進講座)
1)リスキリング いつかつながる未来への一歩
藤田 彩香(弘前大学医学部附属病院 リハビリテーション科)
2)開業医として障害児を取り巻く社会の変革をめざす私のリスキリング
多和田 忍(たわだリハビリクリニック)
3)アカデミア発ベンチャー起業の経験から見えるリハビリテーション医療の広がり
川上 途行(慶應義塾大学医学部 リハビリテーション医学教室)
座長・シンポジウム担当委員より
佐原 亘(大阪大学医学部附属病院 リハビリテーション科)

はじめに
山口 朋子福井大学医学部 地域高度医療推進講座
第62回リハビリテーション医学会学術集会のテーマは「精力善用・自他共栄」、すなわち「精進して得た能力を善用し、自らの働きを他者の利としてともに栄える」でした。男女共同参画をはじめ多様性の推進を図る社会戦略においても、病気や障害、出産・育児や介護、職歴などさまざまな背景をもつ人への適切な配慮は、社会全体の利となることが実例をもって示されています。
今回のシンポジウムでは多様な背景をもつ私たちが、「リスキリング(学び直し)」という精進により専門知識の向上や新たな技術習得という研鑽を積むことで、どのように社会に貢献できるか考えました。1題目では「専門知識の向上」に焦点を当て、休職や時短勤務、転科や転職からの復帰に、専門的なスキルが不安を払拭しキャリアの価値を向上するための課題と効果的な対策についてお話しいただきました。2題目では「マネジメント技術の向上」として、組織のトップに求められるリーダーシップスキルの向上、後進の育成、多様な働き方の導入など、役職者が直面する課題と対応について伺いました。3題目では「起業、ベンチャー企業・異業種との連携」として、臨床経験や研究結果から得られた知見を社会に還元し、また革新的なアイデアや技術をリハビリテーション医療に導入するために、起業や異業種との連携がもつ役割と具体的な方法について伺いました。
当日はシンポジストの先生方からリスキリングを支えた豊かな想いを伺うことができ、お話に触発された聴衆の皆さんからも、切実な質問や激励のコメントをいただき、心が温まる会になりました。このような機会を設けていただきました日本リハビリテーション医学会の皆様、大会長の三上靖夫先生はじめ関係者の皆様に深謝いたします。本記事で当日の様子をお伝えできればと願っております。
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1)リスキリング いつかつながる未来への一歩
藤田 彩香弘前大学医学部附属病院 リハビリテーション科
このたび「リスキリング」をテーマにした講演の機会をいただき、過去の自分自身とあらためて向き合う貴重な時間となりました。リスキリングは「新しいスキルを身につけて実践し、新たな業務や職業に就くこと」と定義されます。私自身が本当にそんなリスキリングの実践例となり得るのか、不安な気持ちもありましたが、『自分のスキルをアップデートし続けるリスキリング』(後藤宗明著、日本能率協会マネジメントセンター)という書籍を手に取り、自分の歩みを振り返ることで、少しでも誰かの一歩を後押しできればと思い、お話をさせていただきました。2002年に麻酔科医として医師のキャリアをスタートし、ICU管理やペインクリニック勤務などを経験する日々は過酷でありながらも、医師とはこうあるべきという強い思いに支えられていました。夜勤を月13回、48時間の連続勤務も珍しくなかった当時、過労を厭わない働き方が当然とされていた時代背景もありました。しかし2007年、体調不良から好酸球増多症、そして関節リウマチの診断を受け、それまでの自分の働き方に疑問を持ち始めます。さらに出産・育児を経て、心身のバランスが崩れる経験を重ねる中で、これまで抱いていた「理想の医師像」と現実とのずれに苦しみました。
その後、家族の留学にともないオーストラリアで暮らしたことが、私の価値観を大きく変えるきっかけとなりました。多民族社会の中で、学び直しや転職が当たり前のように受け入れられている文化に触れ、人生の途中で進路を変えてもいいと、心から思えるようになったのです。現地で出会った子育て中の友人女性が、弁護士から臨床心理士へと進路を変え、大学に通っている姿を見て、「私も変われるかもしれない」と思うようになりました。
帰国後は、麻酔科専門医の資格を返納し、リハビリテーション科医として新たなキャリアに踏み出しました。未経験の分野に飛び込むことは決して容易ではありませんでしたが、アンラーニング*の視点を持ち、これまでの経験にとらわれず新たな知識を受け入れるリスキリングの姿勢をもつことで、徐々に新しい環境に適応していくことができました。やがて、重症管理や疼痛評価といった麻酔科医としてのスキルが、リハビリテーション医療の現場でも評価されるようになり、「過去の経験が思いがけない形で活きる」という喜びを実感しました。
現在は、弘前大学医学部附属病院で呼吸器疾患や摂食嚥下障害のリハビリテーション医療に携わりながら、呼吸サポートチームとしての仕事も行い、急性期から回復期、生活期まで幅広く医療に関わっています。自分の役割が、主治医を補完し、患者さんを支えることだと実感できるようになった今、これまでの苦しかった時期もすべて必要な経験だったのだと思えます。
今回のシンポジウムでは、多和田忍先生や川上途行先生をはじめとした、それぞれの立場から医療の未来を語る素晴らしい講演があり、自分の話がどこまで皆様のお役に立てたのか不安もありました。しかし、リスキリングに本当に必要なのは、「勇気」と「続ける力」だということを、あらためて認識する場にもなりました。
一歩を踏み出せずに悩んでいる誰かにとって、私の経験が小さな灯となれば幸いです。転職や再出発は、特別な人だけができることではなく、どんな状況にあっても、「学び続ける意志」があれば、いつからでもスタートを切ることができます。支えてくれた家族、同僚、そして患者さんに感謝しつつ、これからも歩みを止めず、リスキリングの実践者であり続けたいと思います。
*既存の知識や価値観、スキルを意識的に手放していくプロセス。
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2)開業医として障害児を取り巻く社会の変革をめざす私のリスキリング
高校時代、学校の講堂で観た映画『ねむの木の詩が聞こえる』は、私が障害児のリハビリテーション医療を志す原点となりました。俳優の宮城まり子さんが設立した「ねむの木学園」で暮らす脳性麻痺児の姿、そして言語聴覚士が患者に言葉を教える場面は、45年経った今も私の中で鮮明に残っており、医師としての進路を決定づけました。
名古屋市立大学医学部卒業後、当時大学にはリハビリテーション科がなかったため整形外科に入局し4年間の研修を経て、出産後本格的に療育の道へ進みました。名古屋市初の療育センター(西部)に赴任、南部・北部も含め3施設で嘱託医を務め、後に常勤医師として通算約18年間勤務しました。脳性麻痺、脊髄髄膜瘤、ダウン症、筋ジストロフィーなど、個性的で愛すべき障害児の診療にあたる毎日は、私にとって天職と思えるほどやりがいのある、私に合った仕事でした。
しかし一方で、18歳で診療が打ち切られる年齢制限、住所による受診制限、急患対応やX線検査の制約など、療育センターという公的組織自体に沢山の課題を痛感したのです。これらを解決するため、2009年、私は障害児に特化した全国でも稀なリハビリテーションクリニックを開設しました。小児のリハビリテーション診療は診察に時間がかかり、広い土地と理学療法士・作業療法士などのスタッフが不可欠で、人件費も膨大で、これだけでは採算が合うとは到底思えませんでした。
そこで地域にも愛される整形外科診療を同時に行い、採算を確保しました。こうして年齢・地域を問わず受診できるだけでなく、常勤診療放射線技師を配置して、いつでもX線撮影ができる状態を作りました。これによって急性外傷や痛みに即応し、知的障害や自閉症など一般医療機関で診療困難な患者にも対応でき、「ここなら安心して受診できる」という保護者の声が寄せられる体制を構築しました。
診療を継続する中で、子ども達は18歳を過ぎると機能低下が顕著になっていく現実に気が付きました。これは二次障害や生活環境の変化による影響が大きく、医療機関での月数回のリハビリテーション治療よりも、日常生活での姿勢や介助の質が機能維持に与える影響が大きいのだと痛感しました。
私が開業した2009年にはほとんど存在しなかった放課後等デイサービスや訪問看護は、ここ15年の間に急増しましたが、同時に、障害の知識が不十分な職員も増加し、その結果、窒息・誤嚥・外傷などの事故が多発しました。骨折はもとより、デイサービスで窒息死した私の患者さんもひとりやふたりではありません。この現状を改善するため、医療・福祉・教育関係者に障害特性や疾患の知識と理解、姿勢管理、二次障害予防を体系的に学ぶ場として、Hopeful Handicapped Children's Association(HHCA)を設立しました。動画講座、オンライン講義、実技指導、外部講師による専門セミナーを通じて、正しい知識と技術を習得できる仕組みを整備しました。
私の使命は、障害児を年齢や地域に関係なく生涯支え続けるクリニックを次世代に継承し、障害児に対する社会全体の環境改善を進めることです。人に教えるために正しい知識を成書から学び直し、新しい知識を伝えるために医療連携し、講師を招き、患者さんから学ぶ。これが私のリスキリングの本質です。障害のある子ども達とそのご家族が、心から幸せな人生を送ることができる社会に変革するために、私はこれからも行動し変わり続けます。
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3)アカデミア発ベンチャー起業の経験から見えるリハビリテーション医療の広がり
川上 途行慶應義塾大学医学部 リハビリテーション医学教室
このシンポジウムでは、私は3番目、最後に登壇いたしましたが、前のお二方の講演があまりにも素晴らしく、魂のこもったプレゼンテーションであったため、その後に壇上に立つのは非常に緊張しました。率直に申し上げて、自身の話の前にあれほどの熱量をもって語られた内容を聞き、まだ何も成し遂げていない自分がこの場に相応しいのかという不安もよぎりました。しかし同時に、そのような熱い想いをもつ先生方と同じ舞台で議論できたことは非常に光栄であり、貴重な経験となりました。このような機会をいただけたことに、企画をしてくださった男女共同参画委員会の先生方に心より感謝申し上げます。
私自身は「アカデミア発ベンチャー起業の経験から見えるリハビリテーション医療の広がり」というタイトルでお話をさせていただきました。まだまだ道半ばの立場であり、このようなテーマを語ることには恐縮の思いもありましたが、日本におけるアカデミア発ベンチャーの現状や、リハビリテーション医療領域におけるベンチャー設立の可能性について触れ、自分自身の起業経験を通じて見えてきたことを共有させていただきました。
具体的には、アカデミアにおける研究や教育で培われた知識・スキルが、ベンチャー起業という文脈でも十分に活用可能であるという実感や、チーム医療の中核を担ってきたリハビリテーション科医は、すでに組織運営や多職種協働の経験を積んでおり、それがビジネスの現場においても強みとなり得るという私見をお話ししました。ベンチャーという選択は、医師としてのキャリアとは異なる未知の領域への挑戦であり、一見リスキリングとは異なるように思えますが、実はこれまでの知見を社会実装の形で活かし、臨床や研究にも新たな視点をもたらすという意味では、まさに「リスキリング=学び直し」のひとつの形であると感じています。
リスキリングとは、単なる知識の更新にとどまらず、自らの役割や価値を再定義し、社会の変化に対応するための柔軟性と実行力を身につけるプロセス
でもあります。特に医療界においては、テクノロジーの進展や社会構造の変化により、従来の知識や枠組みだけでは対応しきれない課題が顕在化しています。その中で、従来の専門性を土台にしながら、異なる視点や領域から新たな知見を得て再構築していくことが求められていると感じます。
医療の枠組みの中におけるリハビリテーション医療の重要性は言うまでもありませんが、それ以上に、医療の外、つまり地域社会や産業界においても、リハビリテーション医療のもつ価値に対する期待が高まりつつあることを、私は肌で感じています。今後は、それぞれの立場に応じた形で、リハビリテーション医療の担い手がリスキリングに取り組み、多様なアプローチで社会に貢献していく時代が来るのではないでしょうか。その意味でも、今回のシンポジウムは、現在の自分の立ち位置を振り返りつつ、未来の医療と社会の在り方について考える大きな契機となりました。改めて、このような貴重な機会に参加できたことに感謝申し上げます。
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座長・シンポジウム担当委員より
佐原 亘大阪大学医学部附属病院 リハビリテーション科
本シンポジウムでは、「リスキリング」が単に新しい知識やスキルを得るための手段にとどまらず、自身の価値観や働き方、そして医師として社会とどう関わっていくかを見つめ直す契機となることを、改めて確認する機会となりました。
藤田先生からは、診療科の垣根を越えて新たな専門領域へ挑戦し、リハビリテーション診療に情熱を注がれている姿勢を伺いました。多和田先生からは、障害児のトータルケアを年齢や地域に縛られることなく継続していくという熱意、そしてそれを実現するための起業と人材育成への取り組みを共有していただきました。川上先生からは、研究成果を社会に届けるためにアカデミアからスタートアップを立ち上げ、社会実装へと踏み出した挑戦の道のりをお話しいただきました。
それぞれ異なるバックグラウンドをもつ登壇者の実践からは、「医師としてのキャリアはひとつの型にとらわれるものではない」という共通のメッセージを受け取りました。その実現には、自らの意思と行動力に加え、周囲の理解や支援、環境の柔軟性が大きく関わっていることも実感いたしました。
チーム医療が本質のリハビリテーション医療は、院内の各診療科や地域・社会との連携が求められる領域であり、多様な経験や価値観をもつ人材が集うことで、より豊かな医療の提供が可能になると考えています。今後もこうした実践事例を共有し合い、学び合える場を継続的に設けていくことが、次世代のリハビリテーション医療を支えるリスキリング文化の醸成につながると信じております。
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